誰が名づけたか、「死の鎖」なるものがこの現代社会においてまことしやかに語られている。
 曰く、その鎖は本人には見えず。
 曰く、その鎖は心臓を絡めとり。
 曰く、その鎖は絡めとった者を絶対殺す。

 『彼女』のコンピューターがそのように名づけられてから何年経っただろうか。
 今でも「死の鎖」は、その研究室の地下の一角で動き続けている。

           *   *   *       

 私、佐藤和泉はそれこそ至って普通の高校生でございます。

 中学生の頃から勉強なんて中の中、そんな次第で、進学先は近所の至って平均的な高校。
 これで生半可に頭が良かったり、悪かったりしようものならわざわざ遠い場所まで通うこととなっていたでしょう。
 そう考えれば私はラッキーに違いありません。そんな訳で私は毎朝自転車で高校まで通い、
 普通の高校生ライフを至って平凡的に謳歌させていただいていたのです。

「――」

 しかしまあ、誰が決めたか平凡は長く続かず。私には特別な眼力がございました。
 『鎖』が見えるのです。それも、最近巷で有名な「死の鎖」。
 平々凡々な生活を楽しみたい私は、誰にもこのことは話しておりません。
 しかしながら結果的に巻き込まれてしまうのが、この私。

「――っ!」

 そして、今日も今日とて、そんな感じで巻き込まれていく次第でございます。

 

「起きなさい!」

 私の部屋のドアを開けた衝撃とともに、母の声が響き渡る。
 そうして私は、いつも通り目覚めることとなる。

「んあ……ああ……いつの間にか七時になってる」

 枕元で充電していた携帯電話を開くと、時刻は七時ぴったり。
 この季節特有の倦怠感に襲われながらも、思いっきり体を起こして背筋のあたりに力を入れる。
 母親はいつの間にか私の部屋から退出しており、部屋の中は私の唸り声だけが響き渡る。

 今日の朝ごはんは何だろう。

 そう思いながら、自室の布団からのそりと起き上がり、ゆったりゆったりと廊下を歩いていきながらダイニングにたどり着く。
 今日の朝ごはんは白米と味噌汁と焼き魚。しかも塩鮭。どうやら今日は母の気合が一定量以上らしい。
 内心では弾むような、実際には冬眠から起きだしてきた熊のように化粧台に向かい、歯を磨く。
 肩くらいまでの長さの髪の毛は、いつものことだが見事に飛び散っている。

「またまたやっちゃったか……」

 などとため息交じりにつぶやきながら、手櫛で適当に髪の毛を整えながら歯は磨き続ける。
 こういうのも何だが、しっとりさらさらが自慢のストレートヘアだ。朝ごはんを食べ終える頃には何とかなってるだろう。
 くちゅくちゅ、ぺっと歯磨きを終えて口を拭くといつものように仏壇へと向かい、線香をあげて鐘(?)を鳴らす。
 しばらく目をつぶりながら手を合わせ、音が鳴り止むと朝ごはんを食べ始める。
 テレビでは七時に合わせてかどうかは知らないけれどニュースを適当に読み続けている。

 きっと今日も「死の鎖」の犠牲者の話だろう。

 別に『また「死の鎖」!終わらない連続不審死!』なんて大げさに取り上げるわけではない。
 ただ、実際に見えてしまうと、考えてしまうのだ。例の『鎖』は今日もどこかで猛威を振るうのだと。
 気づけばいつの間にか朝ごはんは食べ終わってる。別に物足りないわけではない、断じてない。

「今日も部活はあるの?」

 一通り朝の仕事は終えたのか、バリッと正装を決め込んだ母が私の向かいに座って後ろ向きにテレビを見ている。

「うん、もうすぐ大会だから」

「出るの?」

「いや、応援。でも何か走るの好きだし」

 悲しいかな、私は運動までもが中の中。もちろん陸上部に入っているから普通の人に負けない自身はあるけど、
 部内では頑張るけどあと一歩足りない、そんな感じの人。それでも、陸上部としてそれなりにきつい練習を続けられるのは、
 やっぱり好きだからなんだろう、と思う。何がって言えばもちろん走ることが。

「じゃあ、今日は適当によろしく。カレールーは戸棚の二番目」

 暗にカレーが食べたいと要求してくる母は何なんだろうかと思いながら、テレビの時計を見る。
 七時十五分だから時間はまだまだある。しばらくはここで時間をつぶす。
 そして、三十分くらいになったら着替えたり荷物を用意したりして、四十分に家を出る。

「そういえば……今の時期とか朝練は無いの?昔は結構やったもんだけど」

 テレビのニュースを見ながら急に母が呟く。

「あるわけないじゃん。強くないし、親が怒るだろうし」

 強くないとは言わずもがな。親が怒るかどうかはまったく不明だが、とりあえず色々な地方から生徒が来ているのが高校だ。
 電車の問題で行くに行けない人だっているかもしれないし、最近噂のモンスターペアレントが居たっておかしくない。
 大体、なぜ急に朝練の話が出たのだろうか。やっぱり大会が近いと行っていたからだろうか。
 そういえば顧問の藤木も十日は大会一週間だからさらにビシバシ鍛えていくぞって……。

「あ」

「あ?」

 ……鍛えていくぞ、って朝練のことを話していたような気がするようなしないような。
 ってか今日は何日、十日?大会一週間前?

「どうしたの、やっぱりあったりするの?」

「んああ……あったりするかも」

 そこから着替えて自転車にまたがるまでの時間は久しぶりに新記録を突破しそうだった。
 取りあえずそんな努力の甲斐あってか出発時刻は七時半。
 ここから急いで自転車を漕いでいけば二十分くらいで到着するはず。
 そうすれば遅刻ながらも初日だし、適当に許してくれるはずだろう。

 と、学校ももうすぐといった場所まで全速力で漕いでいる途中。

「……おや」

 目の前に、私と同じ制服の女子生徒がいる。
 他の部活で朝練があるなんて特に聞いてないし、普通なら彼女は陸上部のはず。
 しかも私の記憶が間違ってさえいなければ、彼女は我らが陸上部短距離走期待の新人さんでは無いだろうか。
 彼女は特に急ぐ様子も無く、ゆったりゆったりと歩いている。何か悪いところでもあるのだろうか?

 いや、それは無いか。単純にぽやーっとしているだけだろう。

「やあ、ゆかり。もう朝練始まってるよ?」

 眠そうな顔で歩いていた短髪の女子生徒の横に並んで背中をたたく。
 それから数秒、自分の制服から携帯をまさぐりだして時間を確認すると、目が覚めたかのような表情になる。

「え、あれ、家出たとき確か十分だったような……そうか!時計壊れてたんだ!」

 どうやら彼女も個人的に複雑な事情を抱えていたらしい。
 それだけ言うや否や、今度は全力で学校に向かってダッシュしていく。
 しかも私を見捨てて。

「あ、あれ……?」

 もはや彼女の後姿は遠目で確認できる程度くらいまで離れている。
 なかなか恐ろしい脚力だ、世界も狙えるんじゃないだろうか。

「って私も急がないと」

 ぼーっとしていたらいつの間にか彼女の姿は見えなくなっていた。それはいいのだが、私も急がねばならぬ身。
 少しだけため息をつきながら自転車のペダルを踏んだ足に力を入れて漕ぎ始める。
 できる限りの全力で彼女を追い続ける。

 しばらくすると交差点のあたりで見事につかまっている彼女を発見した。
 息も絶え絶えになりながら、彼女の元へと向かう。
 そしてもう一度彼女の背中を叩いてやろうと、スピードを緩めずに彼女へと向かおうとして

 ハンドルのブレーキを握り締めた。

「……?」

 耳をつんざくようなブレーキ音に気づいたのか、彼女が私の方に振り返る。

「あ、和泉おはよう。もしかしてさっき話しかけてきたの和泉だった?」

 私の顔を見ると笑顔になって彼女、高崎ゆかりは手を上げて会釈をしてきた。
 かろうじて笑顔を作りながら会釈を返すも、彼女は不思議そうな顔をして聞いてくる。

「何か変な顔」

「え、いや……疲れた。追いつこうとして」

 本当はもう息なんて乱れていない。それが陸上部で培ってきた経験によるものなのか、
 それとも私が目の前のものを見たショックによるものなのかは知らない。
 しかしながら、彼女はそれで何とか納得してくれた。

 落ち着け。

 自身の心で呟く。彼女には悟らせてはならないのだ。
 瞬きの回数をできるだけ減らし、深呼吸を心がけ、何も考えないように自身に命令をくだす。
 信号が青になった途端、彼女はすでに横断歩道へと踏み出し、

「取りあえず先に行ってるよ?」

 そう呟いた。止めようとも考えたが思いとどまる。今は自分自身を落ち着かせなければならない。
 ゆかりには悪いが、今日の朝練はお休みだ。どこか一人になれる場所でゆっくりしないと。

 でなければ、どうにもならない。彼女の心臓に絡みついた『鎖』を見た後では。

 

 佐藤家は、父と母、そして私を含めた三人家族である。

 自分の住んでる場所はそんなに都会ってほどでもないので父の持つ一軒家で三人暮らしていた。
 父はどこかの銀行員。収入はこのご時世にしては結構豊かな方らしく、私も結構贅沢をさせてもらったような気がする。
 また、父は結構博識だったので、家でテレビを見ていると色々なことを教えてくれたりして、
 何気なく自慢の父親だったと言えばそうなるのかもしれない。

 しかしながら、父は去年死んだ。しかも殺された、私の目の前で。
 銀行員というものは色々な人間を相手に交渉をするものであり、その分恨みを買うことも間違いない、とは亡き父の弁。
 当時父が相手にしていた会社の組員に後ろからナイフで心臓を一突き。救急車がやってきたときにはもう亡くなっていたとか。

 犯人はその場から逃走したが、後に呆気なく逮捕。警察の人から聞いたところ、いわゆる蜥蜴の尻尾切だとか。
 その事件は犯人逮捕により解決。それ以降深く捜査されることも無く幕を下ろすこととなった。

「お父さん、いつも真面目に働いてくれてたんだって」

 事件が終わったあと、遺産やら何やらの手続きが終わってから母はそう零した。
 何で父が死ぬ必要があったのか。そう考えているのかもしれない。
 だが、私は母が父の死に対してどう扱っていいのか困惑している最中、別の考えが頭を占めていた。

 父は死ぬべくして死んだ。

 その『鎖』が心臓に絡み付いているのを発見したのは、父が死んだ日の朝のことだ。
 朝食中、私が納豆を鼻息混じりに混ぜながら父を見ると、
 いつも来ている背広を貫通して文字通り『鎖』が心臓に絡みついているのを見てしまった。
 当然ながら父は気づくことなく朝のニュースを見ながら朝食を食べているのだ。
 ついでにいうと、まだその当時、「死の鎖」という言葉は巷には飛び交っていない。
 私は、その気味の悪い幻覚に恐怖を覚え、言葉を失って父から目をそらした。

 そして、朝の登校時。私は父と並んで歩いていた。
 普段使っている自転車を手で引きながら並んで歩く。
 父から目を逸らしながら、最近起こった他愛の無いことなど話して登校路を歩く。
 途中、ドンッと人のぶつかる音が聞こえたとともに父のうめき声が聞こえた。
 はっと気づいて父の方を見れば、ちょうど父がうつ伏せに倒れる最中だった。その背中からナイフを生やした状態で。

「――――」

 自分が何を言っていたかは分からない。それでも多分、泣き喚いて父を呼んでいた。
 死なないで、でもお父さん、でもいい。とにかく向こうに言ってしまわないよう呼び続ける。
 しかし、『鎖』だけはひどく非情で。父の心臓をきつく締め付けていったかと思うと唐突に弾けとんだ。

 分かってしまった。父はもう生きていないんだと。
 そう思ったら今度は何も喋れずにそこで蹲って涙だけ流した。
 遠くからは救急車のサイレンらしき音が聞こえてくる。それを聞き取ってから、もうその後は覚えていない。

 自身が自身で覚醒を感じたときには、病院の廊下で母と二人呆然としている最中だった。
 目の前の大きな扉の上では、明かりの消えた「手術中」の文字が異様に目立っていた。

 

 放課後。
 今日の部活は朝にも練習があったせいか、いつもの地道な練習とは違って大会へ向けた軽い練習となっていた。
 ゆかりはよっぽど期待されているのか、たまにしか来ないOGの方やらコーチやらが徹底指導している。
 それが重荷となっているのかそれまた別の理由があるのか、ゆかりの今日の調子はよくなかった。
 私は、いつも通りに走っていた……と思う。

 その後、六時ちょうどに部活は終わった。顧問の藤木は明日もこの程度だから毎日全力を出し切っておけ、
 とだけ言うと腰の後ろに手を回しながらすたすたと校舎へと戻っていった。
 それに乗じて私たちも思い思いに解散していく。
 私とゆかりは基本的に通学路が一緒なので流れ的に二人で帰ることが多い。

「和泉、早く行こうよ」

 今日もゆかりはエナメルバッグを担ぎながら笑顔でそう言う。
 私としてもゆかりに対して『用事』があったので、これは好都合とも言えた。

(――やっぱ、自殺なのかな)

 本日のゆかりの様子を見て考える。大会も近くなり、その重荷に耐えられず自殺なんてことも無いわけではあるまい。
 しかしながら、その帰りに私を誘うというのもやっぱりおかしな話で、そう考えるとますます頭の中がこんがらがっていく。
 元々、死の鎖が付いていたのが見えていたからといってその人の死ぬ瞬間の4W1H(whoは除外)が分かるわけではない。

 もしかしたら家に帰ってから死ぬのかもしれないし、明日死ぬのかもしれない。
 私の裏をかいて一年くらいは生き残るのかもしれない。
 そう考えると、今こうやって私がゆかりとともに歩いていたからってどうなるとも思えない。
 それでもやっぱり、こうするしかない。だってこれが日常なんだし。

「どうしたの、さっきから黙ってこっち見てるけど」

 ゆかりは今朝の私を知っているからなのか、私の心配をしてくる。
 そんなゆかりに対して理由が話せないことに申し訳なく思いながら何でもない、と突っぱねる。
 ゆかりは怪訝そうな顔を隠そうともせずに、それでも仕方なくというべきか前を歩いていく。
 私もそんなゆかりの後に付いていく。

 その内に道は大通りから住宅街特有の入り組んだ普通の公道になっていた。
 ここら辺はそれなりに道路が整備されてはいるが、そこまで車がぶんぶんと通っていくわけではない。
 そうなると、やはりゆかりは私がいる間は死なないのかもしれない。
 というよりこの『鎖』自体が私の性質の悪い幻覚で、ゆかりが死ぬことは無いのかもしれない。

 ここまでゆかりゆかりと頭の中で連呼しながら下を向いて歩いていたせいだろうか。

「――ッ!」

 ゆかりが横に向かって走り出していくことへの反応が、致命的に遅れた。

 彼女の目の先ではサッカーボールを抱え込んだ幼稚園生程度の子供がいる。道路のど真ん中に。
 しかもバッドタイミングというべきか、大型のトラックがその子供に向かって走っている。
 その距離わずか、20メートル。
 今から急ブレーキを踏んでも絶対に間に合わない。
 しかしながら、彼女は、ゆかりは走り出してしまって、すでに彼女は子供の近くまでやってきている。

 頭の中で、ピストルの音が鳴ったかのような錯覚に陥って、私も飛び出した。

 曰く、死の鎖は本人には見えず。
 何で今この瞬間に、この言葉を思い出したのかは分からない。
 いや、分かっている。私は死なない、と馬鹿みたいに宣言している理性に対して死に敏感な本能が全力で反発しているのだ。 

 ゆかりは子供に到着、体を抱き起こしてトラックの射程から逃げ出そうと足を踏み込む。
 トラックとの距離、わずか10メートル。

――そういえば和泉、変質者がいるらしいけど大丈夫か?そういうときは股間を蹴っ飛ばして全速力で

 違う、これじゃない。

――ああー……いやな事件だ。こういうのがどんどんと

 これでもない。もう少し後だ。

――そうだ、和泉、知ってたか?父さん実は高校の頃に……

 そう、これだ。

 ゆかりはまだモタモタしている。このままだと間に合わない。
 仕方ない、少しだけ痛い思いをするだろうけど我慢してもらおう。

「人を吹っ飛ばすときは、相手の不意を突いて、腰あたりに肩をぶつけて、そのまま走る勢いを止めちゃ駄目なんだ」

 ゆかりの息が詰まるような短いうめき声が聞こえる。
 それから一秒の間も無く私とゆかり、それから小さな子供が吹き飛んで地面に打ち付けられる音を聞いた。

――何で急にラグビー部時代のことを話し始めたの?

――いや、何か知らないけど、話しておいたほうがいいような気がしただけだから気にしなくていいよ

 お父さん、取りあえずありがとう。多分私は、生きています。

 

 数秒してから、私が目を開いて最初に気づいたのは、ゆかりと私の間に挟まっていた子供のことだった。
 タックルはゆかりへしっかりと決めたはずだから、倒れこむ瞬間に多分ゆかりが融通を利かせたのだろう。
 当の本人は何が起こったのか理解できずにきょとんとしている様子を見て思わず安堵の息を漏らす。

 ゆかりは、アスファルトの地面に打ち付けられたせいか痛みに対してこらえるかのように強く目を瞑っている。
 それでも、彼女は生きているのだから問題ないはず。
 心臓の部分に絡み付いていたはずの『鎖』は、いつの間にか消えてなくなっていた。

 それだけ確認すると、途端に体が重くなるのが感じられる。
 色々な意味で、疲れがピークに達したのだろう。
 二人には悪いが、もう少しだけ、ほんのちょっぴりでいいから感じさせてもらいたい。
 私が『鎖』に打ち勝つことができたことの達成感を。

            *   *   * 

 コイントスの確立は一般的に二分の一と言われている。

 しかし、そうではない。コインを弾くフォーム、コンマ一秒差で変化していく世界の環境、そして人々の思考。
 それらすべて、と言うには全く足りないだろうが、によってもたらされた決定された結果なのだ、と彼女は言っていた。

 このコンピューターもその彼女の理論から作られたものである。
 毎日稼動し続ける『それ』は世界の状態を余すところ無く観察し、その果てには世界60億と居る人間の思考を読み取り、
 それらすべての要素を元に、「完全に未来を予知」する。

 彼女がこれを製作した直後、

「これに私の全てをつぎ込んだから」

 そう言って彼女は行方を消してしまった。自室には「タイムマシンを作ってしまったので長旅させていただきます」なんて、
 本気なのか洒落なのか分からないような書置きだけを残して。

 現在、この世界では時間跳躍は不可、ということで一応の結論がついている、とどこかで聞いた気がする。
 しかし、天才の言葉でしか言い表すことのできない彼女自身が「作れる」といったのだ。
 自分は彼女の助手なのだから、彼女の研究資料をもとに、それを作って追いかけなくてはならない。

 ……と、話が飛んでしまった。
 とにかく、彼女の全てをつぎ込まれたこのコンピューターは、親が消えて数ヶ月後、独自に進化を遂げていた。
 彼女が仕組んだのかは分からないが、このコンピューターには自身を改造する能力があったのだ。
 そしてその内に、「死の鎖」についての噂話が流れるようになっていた。

 自分にも死の鎖が現れるそのメカニズムはよく分からない。
 太陽の光が空気中の塵によって変化するように、その独自の計算力で光を自在に屈折させ、
 鎖の映像を本人以外の誰かに見せているのでは、と考えているが、
 何せ彼女のことだ、自分の考えの遥か先を言っていることだろう。

 また、これは彼女のコンピューター自身から教えてもらった(やけになれなれしい文章をプリントアウトしてくる)ことだが、
 鎖を他人に見せることで、未来を変えようとしているだとか。

 どこかの漫画で、コンピューターが人類を操る、というSFの物語が載っていた気がする。
 まあ、それは多分、このコンピューターの未来の選択肢にはないのかもしれない。
 つい最近気づいたが、このコンピューターはまさに彼女自身だ。
 彼女が世界征服なんて大仰なことを考えるとは到底思えない。

 結局何を言おうとしたのか忘れてしまったが、まあ取りあえず。
 「死の鎖」は、今もこの部屋から発信され続けている。

 

 もしそんな『鎖』を見たのであれば、何か行動を起こして見るといいかもしれません。

 

 <終>

 

 あとがき

ごめんよ、何か見たことのあるようなお話でごめんよ。
どうしても死の鎖はリメイクしてみたかったんだ。
あと、未来予知的なお話は全部+-0説なんで、一切信用しないでくださいませ。