俺は、一瞬の決断を求められてる崖っぷちにいた。
これは、もう受け止めるしかないんじゃないか?
自分自身に問いかける。その間も、彼女は俺に迫る。
時間では数秒、脳内では一瞬。
例えるなら……そう、目の前に車が迫ってきて、俺自身動けないようなそんな感じ。
そして、そんな時間はあっけなく過ぎてしまって。「うわあっ!」
考えが纏まる前に、彼女は俺に倒れ掛かってしまっていた。
生憎、俺の両手はふさがったままで、勢い良く石につまずいたような人間を支える力は無い。
そんなわけで、俺たちは二人とも勢いよく倒れこんだ。「う――」
そして、そのままの勢いで……その、何だろうね。
彼女の唇が、俺の頬に触れていた。* * *
「あー、寒いな」
「寒いですね」
そんな平凡すぎて、むしろ逆に誰もしないような話を続けながら、冬もいよいよと言う十二月の寒空の中を歩いていた。
俺の高校での予定は、すでに終了している。昔小学校で言われたように言うなら、『家に帰るまでが学校ですよ』とかそんな感じ。
そして、俺は普通のように帰途についていた。隣で歩いている女子とともに。
「あっという間に一年か?」
「ですね。先輩は来年から受験ですよ?」
隣で特に手を加えていないような黒髪をしゃんしゃんと揺らしながら歩くのは、
まあ……俺の、恋人らしい。この春、お互いあっけないなと思うくらいのトントン拍子で、付き合い始めたのだ。
「先輩か……。損な立場だ」
彼女は、眉をハの字にして苦笑した。
今の会話で分かるように、俺たちは先輩後輩の関係だった。
俺としては、付き合い始めるまで彼女と面識が無かったわけだが、彼女によると違うらしい。
ただ、まったく思い出せないのだが。「そう言えば、先輩。大学は何処に行くんですか?」
彼女であり後輩である目の前の女の子は、俺の将来に興味があるらしい。
無駄に目を爛々と輝かせて聞いてきた。「特に……決めてないかな」
だから、俺の腑抜けた返答は期待外れなのだろう。
聞いて、「はぁ……」なんて腑に落ちない相槌を打った。
俺は、そんな返答をする彼女を脇目に歩く。「じゃあ、次はそっちだな」
そして、まだ納得しきっていない彼女に向かって、今度はこっちから知りたい光線を照射。
半ば予想通りというか、彼女は「え、私ですか!?」
なんて慌てていた。うん、ちょっと面白い。
「大丈夫、冗談だ。まだ時間はあるんだから」
あたふたしながら急いでそれらしい返答を考えてる彼女を待っているとキリが無い。
仕方ないので、俺はその話題を打ち切った。時間はある、か……。
「あれ、どうしたんですか?」
どうやら、俺は物思いにふける数秒手前だったらしい。
彼女は当社比数十パーセント増しの速さで俺に質問してきた。「いや、何でもない」
俺の欠点は、長時間物思いにふけると、周りの声が聞こえなくなることにある。
だから、彼女としても困るらしくて、その予兆があるとこう、先回りして質問してくるのだ。「さっきのことで考えてたんですか?」
どうやら俺は、そんな分かりやすい顔をしていたらしい。
彼女は、さっきから俺の顔を脇から覗き込んでいる。返答を待っているようだった。「ああ、そうだな」
なので、当たり前のように答えてみた。
彼女も、それに答えるように笑う。「大丈夫ですよ、時間はあるって自分で言ったんじゃないですか」
彼女はそう言いながら、鞄を俺に押し付けてきた。
どういうことだろう、と思いながらも鞄を持つ。
両手がフリーになった彼女は、何処かからゴムを取り出し、後ろで結び始めた。「あれ、珍しいな」
両手が髪に集中している彼女に話しかける。
すると、彼女は何でもないように答えた。「いえ、何となくですよ」
何となく、で作られている髪形は至ってシンプル。
後ろに髪の毛を束ねただけだった。
それでも、雰囲気は変わったなー、なんて思ったり。「どうですか?」
「ん、似合ってるんじゃないか」
俺だって、女子を喜ばせる術くらい知ってる。
予想通りと言うかなんと言うか、彼女は顔をほころばせてくれた。その後は、いつも通りの世間話。
そんな中で、俺は自分が言った言葉について考えていた。
俺は、時間があるって言った。でも、実際は嘘だ。
だって、俺としてはもう一年しか無いのだから。
考えることは星の数って訳でも無いが結構重かったりする。「先輩、ちゃんと話を聞いてますか?」
「ん?」
と、いきなり彼女が不機嫌そうな口調になった。
どうやら、俺はいつの間にか物思いにふけっていたらしい。
彼女は、口調と同じような顔で、俺をじっと見ていた。「悪い、ちょっと考え事してた」
彼女は不機嫌な顔の状態で眉をひそめる。
そして、その顔のままで、一言言った。「さっきの話、時間があるって自分で言ってたんですよ」
どうやら彼女は、俺の知らないところで読心術を学んでいたらしい。
俺が考えていたことを某ダーツで車を当てるかのようにピッタリと当ててしまった。「まあ、そうなんだけどな」
彼女から目をそらして前に向きなおす。
隣から、ため息を吐く音が聞こえた。しばらく無言で歩き続ける。
「あ、あれ?」
すると、いきなり隣からうろたえるような声を聞いた。
「何かあった?」
「いえ……それが、髪留めが無くて」
そう言われてやっと気づく。
いつの間にか、彼女は元の髪型に戻っていた。
彼女の顔は、今にも泣きそうで、目を微妙に潤ませながら本当に困った顔をしている。「たかが髪留め、って訳はなさそうだな」
「はい……。実は、おばあちゃんの形見なんです」
そりゃあ大変だ。
俺たちは急いで元来た道を戻ることにした。* * *
「あった?」
元来た道を駆け足で戻りながら、髪留めを探す。
季節のためもあってか、太陽はもう傾きかけている。「いえ……無いです」
彼女は焦っていた。
隣で見ている俺でもわかることだった。「無かったら、どうしよう……」
そんな彼女の呟きが痛々しい。
だから、俺は思わず見栄を張ったのだろう。「3分、いや、1分で見つける。ここで待っててくれ!」
そう言って、駆け出した。
彼女はその様子に驚いていたようだが、いきなり声を荒らげた。「……あ、 いや、待ってください! 電柱の陰にありました!」
勢い余って思いっきり転んだ。
「何なんだ、このご都合主義は」
擦り傷の痛みに顔を歪めながら、戻ってきた道をもう一度戻る。
彼女は、髪留めを両手に握り締めながら、苦笑していた。「でも、格好良かったですよ?」
彼女が、もう一度鞄を預けてくる。
それに対して、俺は鞄を受け取りながら「ありがとな、チクショー」と返しておいた。「結局、結わえるのか?」
改めて結びなおそうとする彼女に聞きなおす。
「はい、また落としそうなので」
彼女は、髪の毛を束ねながら微笑とともに答えた。
そのまま髪留めを通そうとするが、もう一度落としてしまった。髪留めは、俺の前に転がる。
生憎俺は、鞄で両手がふさがってるので拾えない。
彼女は、さっきのこともあってか急いで髪留めをとろうとした。結果、石に躓いたわけだが。
* * *
何なんだ、このご都合主義は。
頭の中でこの言葉が何度もリピート。そしてエンドレス。
彼女は、俺の顔から唇を離したことは離したが、そのままフリーズ。完全な膠着状態。
まさにこの空間だけが凍りついてしまったかのように思える。
いや、彼女の体は暖かいなあなんて思っ……って何の話をしているんだ俺は。ここで「ん? 何? 熱いねぇ」なんて言いながら友人が来てくれればすぐに動けたさ。
何ほっぺくらいで赤くなってんだよ、とかからかわれながらも笑い話になって。ただ、そこには俺たち以外誰もいなかった。
だから、お互い頭の中が真っ白になっているわけで。「あ……」
やっと、彼女が息をするかのように呟く。
それで、俺たちはお互い脳が再起動を始めた。「ご……ごめんなさい!」
先に再起動が完了したのは彼女だった。
俺は、その後でやっと再起動。「だ、だだだ、大丈夫か?」
で、俺が大丈夫なのか、と言われそうな感じで問う。
「そっちが大丈夫ですか?」
訂正、言われた。
「ああ、大丈夫だ」
その証拠に、と言う代わりに立ち上がって制服をはたく。
倒れた拍子に手放した鞄を拾う。
そして、彼女に手渡した。「あ、ありがとうございます……」
彼女は、うっかり40度の風邪を引いたみたいな真っ赤な顔で受け取った。
もしかしたらお湯が沸かせるんじゃないか?「……帰ろう」
しかし、その間の空気が非常にいたたまれなかったので、そのまま言葉をのどの奥から押し出した。
必死すぎて声が少し裏返ったほどだが、それはまあどうでもいいことで。
彼女はと言えば、頷いているにもかかわらずその場から動かなかった。「どうした?」
「いえ……何でも、無いです」
そう言いながらも動かない。
どうやら、さっきのことを引きずっているみたいだ。「こう言うとき、俺は何をすればいいのかね」
だから、何となく聞いてみた。
彼女は、まだ俯いている。でも、喋りたいことだけは喋った。「さっき、先輩、思ってましたよね? 時間は無い、って」
ああ、大当たりだな。やっぱり読心術か。
「で、こうやっている時間も、今日限りなんですよ」
で、言いたいことは何となく分かった。
俺はエスパーかもしれない。
要するに、彼女はここでもう一押ししてほしい、なんて言ってるのだ。「そう言えば、もう十二月か」
彼女は何も言わずに、俯いたままだった。
「……クリスマス、何か予定あ」
「いいえ!」
るか、と言う言葉を飲み込む。
そして、足元に転がってた髪留めを拾い、彼女に渡しながら、「よし、何処かに行こうか」
なんて呟いていた。
ノリに任せた後悔はあとでしよう、なんて頭の中で考えながら。
あとがき
何なんだ、このご都合主義は。
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