何でもない、いつもの日曜日の午後。とあるアパートの一室、天気はまあまあ晴れ。

 俺は、何の気まぐれか、それとも散らかる自分の家に何らかの決意を覚えたのか、大掃除をしていた。

 たまに見つける数ヶ月前の週刊誌に気を取られながらも、大分片付け終えた俺は、畳の上に座って一息を付く。

 そして、何気無く窓を見ると、外と中の境に『何か』が居た。

 もちろん俺はそれを知っていて、ため息をつきながら、窓際の存在に問いかけた。

「また、貴方なんですか。五木さん」

「……」

 五木さんの反応は無い。漆黒を身に纏い、漆黒の糸を風になびかせ、外を見ているようだった。


 胸元から煙草を取り出し、火をつける。

 ため息とともに多量の煙が口から噴出した。

「さっきから何をしてるんですか?」

「……」

 やっぱり反応は無い。いつも通りの五木さんそのもので、逆にその仕草は安心が出来た。

 もう一度煙を吸い込むと、丁度そのとき別の部屋からガチャリと食器が床に落ちる音が聞こえた。

 どうやら、同棲している彼女が何かをやらかしているようだった。

 その証拠と言わんばかりに「うわっ」とか「ひゃあっ」とか叫び声を上げていて非常に和む。

 後で見に行って笑ってやろう、と思いながら煙を吐き出す。

「……」

 五木さんから伸びる、長い黒が風になびく。相変わらず何も喋らずに、外を見ていた。

 そんなに気になるなら、外に飛び立ってしまえばいいのに。

 考えながら、五木さんを見続ける。

「五木さん」

「……」

 やはり反応は無い。それでも話しかけてみる。

「何で、そんなところに居るんですか?」

 煙草が少しずつ短くなって、灰だらけになっていくのを感じながら、核心をついてみる。

 やっぱり五木さんは黙っている。どうやら、俺はまったく眼中に無いらしかった。

 半ば諦めて、灰皿を取る。灰皿は五木さんのすぐ近くにあるので、そっと近づいて手に取り、すぐに距離を取った。

 五木さんは、俺の行動など気にも留めていない様子で、空を眺めている。

 達観しているな、と思いながら煙草の灰を落とす。

「いつまでそこに居るつもりなんですか?」

 返答が来ないのを分かっていながら問いかける。

 そっちが何も話さないのであれば、こっちも話しかける必要も無いのだろう。

 しかし、そうなればなるほど気になって、問いかけたくなるのが人の性というものだ。

「うんとかすんとか言ってくれま」

「――君! こっちにもアレが来てない!?」

 大声の主に対して振り向く。

 突然、俺の台詞を遮りながら部屋に乗り込んできたのは、同棲中の彼女だった。

 どうやら、彼女の方は一仕事を終えてこっちに来たらしい。

「……」

 それでも、五木さんは無視をしていた。

 いや、違う。今どういう状況か分かっていないのか。

「あ、やっぱり居た!」

 憎しみを込めるように、というのが一番最適なのだろうか。彼女は声を荒げた。

 彼女が五木さんを見つけて数秒後、彼女は手に持ったちりとりを構えて窓に駆け寄る。

 そして、おもいっきり五木さんをはたき飛ばした。

 空中浮遊もつかの間、重力の法則どおりに落下をしていく五木さん。

 彼女の方は、その様子を見て満足したのか、

「駆除完了っ」

 腕を組んで満面の笑顔を見せていた。

 俺は、灰皿に煙草を押し付けて火を消す。

「ふう、やっと動けるか」

 そして、やり残していた作業を続けようと立ち上がると、彼女が聞いてきた。

「あれ、苦手だったの?」

「……いい思い出なんて、あるわけ無いだろ?」

 

 ――ぎゃああぁぁぁ! ご、ゴキブリいいぃぃぃぃ!

 我が家から吹っ飛んだ五木さん……いや、ゴキさんは、道行く人に激突したらしい。

 いつも通りの日曜日に、尋常でない声が、空に響き渡っていた。

 

 あとがき

まあ、五木さん=ゴキ。コレが事実。無口っ子だと思ってた方はご愁傷様。