「そう言えばここだっけ?」

 夏の暑い日、ワイシャツで首元を仰ぎながら、その土地を見た。
 冬から今日まで、まったく手を加えられてないため、その土地はただ、
 黒をさらけ出したままである。

「……久しぶりに、墓参りでもしてやろうか」

 近寄る。そうすると、何か懐かしい、燻った匂いがした。
 現実の匂いでは無い。俺があの時に、感じた感覚だろう。
 その匂いで、次はあのアカイ色を思い出す。
 人を寄せ付けないそのアカイ色は、何もかもを奪い去り、消えてしまった。

「よう。久しぶり」

 周りには聞こえないように、小さな声で挨拶をした。
 目の前にはただ、崩れ落ちた黒い塊しかない。

 こんな都会で、まだ手を加えられてないのか。

「つい最近、どうだ?」

 空を見て話す。そこは当時、その家の二階、奴の寝室だった所だ。
 別に返答なんて待っていない。俺が好きでやってる事なんだから。

「まあ、こっちは特に何でも無い」

 その時、奴の寝室の上を飛行機が飛んでいく。
 それは、風にも流されず、自分勝手な速度で俺の視界を小さなアリのように過ぎ去っていった。

「……ほら、お前のために持ってきてやったぜ」

 ふと思い出し、ポケットからとあるものを取り出す。
 それは、小瓶。コルクの蓋がついた、可愛らしい小瓶。
 奴にいつか渡してやろうと思っていたものだ。
 小瓶の蓋を空けて、黒い塊へと横一線に薙ぐ。
 そうすると、中に入っていた液体が横一線に飛び散った。
 飛び散った赤は、黒を所々に染め上げる。

「わーるい、本当は、もっと持ってきたかったんだけど、無理だった」

 昔ながらの友達に向かって、笑う。
 そして、俺は小瓶の蓋を閉めた。少しだけ、赤い筋が小瓶から零れている。
 それを指でしっかりとふき取った。

 しっかり後で洗っておかないとイカンな、コレは。

「じゃあ、俺はそろそろ塾に行かねえと」

 そう言って、俺は最後の見舞いを終えた。もう二度とここに見舞いに来る事は無いだろう。
 最後に、少し歩いた所から奴の部屋を見る。

 もちろん、何も無い。でも、俺にはそれが、平穏を告げ始めたかのように見えた。

「それじゃあ、成仏しろよ」

 全力で走った。最後のいとまごいを失くすために。

 

 

『昨日未明、……さん宅跡から、血痕が発見されました。血痕は、東京都内で
遺体として発見された、――氏の物とされており、――氏は、つい最近起こっていた、
放火殺人事件の第一容疑者の疑いで警察に……』

 翌日、ニュースが流れる。

 そのニュースには、俺が切り刻んだ男の顔が映っていた。