「知ってる?」

「ん、何を?」

「俺、三田さんと付き合うんだ」

「――はぁ?」

「何さ、そんなに似合わないって思ってる?」

「いや、そんなことより……」

「いいさ、せいぜいひがんでればいいさ。三田さんは俺がいただきましたよーっと」

「だから……」

「まだ何かあるの。これは決定なんだ。絶対に意義は認めない」

「落ち着けッ!」

「ぐはっ、ごめん、ごめんなさい。俺が悪かったです、殴らないでください」

「じゃあ、話していいわね?」

「うん、結局何の話?」

「私の存在って何なのよ?」

「……そ――」

 その言葉を最後までしゃべり終える前に、彼女の右フックが肝臓を捉えた。
 ついでに言うとそのまま数十発喰らい続けた。

 

優柔不断な僕な俺

 

「とうとう藤野さんを泣かしたか」

 翌日の朝、教室へ一人で入ってきた俺を迎えたのは、そんな友人の言葉だった。
 ふと、滅多打ちにされたレバーから痛みが蒸し返される。

「何がさ」

 俺の席は、そんな彼の隣にある。静かに鞄を置きながら、質問してみた。
 まだ寝たりない、と顔全体で訴えている友人は、軽くけ伸びをしながら答える。

「そのままの通りだ。謝っとけよ、前斗」

 さきと、まで言い終わると、友人は天井に向かって伸ばしていた腕を下ろす。
 その勢いで、座っていた椅子の骨組みがぎしりと揺れた。
 俺は、彼の様子を一通り観察しながら、教室の中心を見る。

「――でさ、彼って――」

 そんな会話が切れ端となって聞こえてくる。藤野優は、数人の友達に囲まれながら彼氏自慢をしていた。

「……別に謝らなくても、いつも通りだよ。優は」

 視線を戻すと、友人はため息一つ、ジェスチャーとともに「やれやれ」と零した。

「無駄に心配しすぎだよ」

 呟いてもう一度見る。その証拠とはいわないけど、彼女は楽しそうにテレビの話をしている。
 いつの間にか話は変わっていたらしい。身振り手振りから俺と彼女は同じ番組を見ていたらしかった。

「結局、お前は三田さんに告白する、と」

「ん、そのつもりだね」

 彼女から目を離して、もう片方の女子の集まりを見た。
 そちらでは、おとなしそうな女の子を中心に、会話が盛り上がっている。
 あの中心にいる彼女こそ、三田さんだ。

「みた、あやのねえ……」

 友人は、三田さんをぼんやりと眺めながら覚えるようにその名を呟く。
 それから、俺にもう一度目を向けてきた。

「告白して成功したら、どうするんだ?」

 突拍子もなく変なことを聞いてくる。

「そりゃあ、付き合うに決まってるでしょ」

「ふうん、そうか……」

 そう言って、パタリと机に倒れ掛かる。
 満足でもしたかどうか分からないけど、寝たらしい。
 俺としてもとくに話すことはないので、自分の席に座って、ボーっとし始めることにした。
 予鈴が鳴ったのは、それから数分後だった。

            *   *   *          

 気付けば、その日はもう昼になっていた。
 やっぱり同じことを考え続けていると、時間が経つのが早く感じるらしい。
 三田さんへの告白をどうするか、それだけ考えていた俺は、流れる時間が三倍速くらいに感じた。

「で、結局今日はどうやって呼び出すんだ?」

「手紙。やっぱセオリー通り靴箱に入れるのが良いかな、って思ってるよ」

 人の賑わいを見せる学食の中で、お互い同じものを食べながら、話し込む。
 ついでに言うと、友人のエビフライの方が大きく見える気がする。

「気のせいだ。どうせお前もエビフライ定食だろ」

 そう言って、味噌汁を静かにすする。

「で、続きだ」

 うん、と頷いてこちらも味噌汁をすする。その勢いでわかめも飲み込む。

「藤野さんが可哀想だから、何とかしろ」

「何で?」

「付き合ってるんだろ?」

「あ、それ嘘だから」

 いきなり友人は、わざとらしく睨みつけてきた。
 こちらも怪訝そうな顔を作ると、「気持ち悪い」と一蹴された。

「じゃあ、何で周知の事実にされてるんだ?」

「……告白された時、僕が勝手にしてくれって言ったからじゃない?」

 今度は素直に驚いたように、ハッとしたような表情でこちらを見つめてきた。

「なにさ」

「いや、何で僕って言ったんだ?」

 キャベツを口に放り、よく噛んでから味噌汁で押し流す。
 しばらく唸りながらエビフライ定食を味わっていく。

「お前、考えろよ」

「考えてるさ」

「じゃあ、何だよ」

 もう一度唸りながら、ご飯をよく噛む。
 そのまま味噌汁に口をつけようとしたら本当に怒りそうだったので、仕方なくお椀をお盆に置く。

「前まで僕、って言ってたからでしょ」

 それだけ喋ると、もう一度味噌汁に口をつけた。
 目の前の友人は、意地悪そうに笑っている。

「なあ、知ってるか?」

「何を?」

「お前、必死なときとか嘘をつくときとかに一人称が『僕』になるんだ」

 まだ半分ほど残ってるエビフライを箸で掴みながら「ふーん」と呟く。
 俺としては、まだ平静を保っていたつもりだったのだ。
 しかし、友人としては確実な反応として受け取ったらしく、ニヤニヤ笑いが止まらないようだった。

「……はぁ」

 エビフライを一齧りして、ため息をつく。

「で、どうなるんだ?」

「確かに付き合ってるよ。断りきれなかったんだ」

 やけくそじみて言うと、それですべて合点がいったのか、ほうと呟いて頷いた。

「まあ、OKされてる身としては、彼氏がそんなことを言えば泣くわな」

 一人で何やら頷きながら、残ってるエビフライ定食を無言で一気に平らげはじめる。
 むせても知らないよ、そう言う前に味噌汁で顔を赤くしている。
 やれやれと呟きながら水を注いでくると、一気に飲み干した。

「あー、危ね」

「気をつけなよ」

 まだ咳き込んでいる友人を尻目にお盆を片付けようとすると、引き止められる。

「なにさ」

「まだ続きだ」

 正直面倒になってきた。

「結局順番はどうするんだ?」

「順番?」

「別れるのが先か、告白が先か」

「ああ、そんなこと……」

 自分の分の水を飲んで、静かに息を吐く。

「別れるのが先」

 友人は俺の顔を見ると、見極めるように目を細めた。
 そして、数秒間俺を見ていたかと思うと、席を立つ。

「なにさ」

「なんでもない」

 友人は、そのあと何も悟らせないかのように俺から離れていった。

            *   *   *       

「話、っていうのは?」

 二人以外誰も居ない教室の中で、優は髪の毛をいじりながら質問してきた。

「言いたいことがあるんだ」

 静かにこっちを見てくる。

「俺は、もう別れたい」

 だから、簡潔に言ってあげた。

「……そう、そんなに三田さんの方が、いいんだ」

「うん」

 それだけで、優は教室を出て行ってしまった。
 彼女は泣きもしない。昨日は、あんなに泣きながら殴ってきたのに。
 考えると、頭の中からすうっと風が吹きぬけるような感覚にあう。

「行っちゃったね」

 掃除用具箱から出てきた三田さんは、悲しそうに呟いた。

「うん」

「で、前斗君。悲しいお知らせがあるんだ」

 制服についたほこりを払いながら、呟く。

「さっきの告白、前斗君たちの別れる様子を見て決めるって言ったよね」

「うん」

「それで決めたんだけど、やっぱり受けられない」

「何で?」

 ベランダに出してあった鞄を持つと、もう教室を出ようとしている彼女に問う。
 入り口で動きを止め、振り返った彼女は笑いながら言う。

「実はね、前斗君限定だけど、嘘を見抜く方法があるの」

「……え?」

「だからこそ、藤野さんは辛いと思うよ」

 

『前斗君は、嘘をつくとき声が低くなるの』

 確かに、優がよく俺の話をしているのは知っていた。
 ――なるほど、友人がやけに人から聞きだすのが上手かったわけだ。
 そして、だからこそやけくそに呟いた『嘘』が分からなかったのか、と。

「で、わざわざ裏声を使いながら告白、と?」

 全力で走って追いついたとき、赤く目を腫らしていた彼女は今や、大爆笑していた。

「う、うるさいな! 正直な気持ちを伝えたかったんだよ!」

 少々イラッとしたので、彼女を置いていこうとさっさか歩き出す。
 すると、彼女が追いつき、吹き出すように笑って僕の手を取った。

「ってうわ、何して」

「別にいいじゃん、早く行こうっ!」

 僕としては、別に良くない。

「ん、僕?」

「……どうでもいいじゃん」

「そう言えば、一人称を変えたのってあの時だね」

 あの時。どうせずっと前の告白のことを言っているのだろう。

            *   *   *          

 それは、中学生を卒業したその日のことだった。
 いつも通り優と一緒に帰ってきた僕は、玄関に着いて後ろを振り向く。

「優の家、って向こうじゃないの?」

 何故か後ろについてきた優に、問いかけてみる。
 彼女の方は、何を考えているのか無視してきた。

「真面目な話」

「真面目な話?」

 今度は、決意を秘めた眼差しを向けて、語りかけてくる。

「実は、ずっと前から好きだったの」

「……うん」

 じわじわと湧き上がってくる嬉しさを、何とか抑えて受け答える。
 正直に言えば、僕も彼女が好きだった。……しかし、だからこそだ。

「ごめん」

 彼女の顔はとても悲しそうで、見ているのが辛くなる。
 僕は、取り繕うように焦りながら話す。

「まだ、相応しくないんじゃないか、って」

「相応しく?」

「そう、だから――」

 そんな、昔の僕だからこそ作った約束。

            *   *   *          

 昔も今も、変わらない気がするけど、質問する。

「ねえ、優」

「何?」

 振り返らず、弾むような声で聞き返してくる。

「正直、待たせすぎてすまないからあやふやにさせようと思ってた。申し訳が立たなくて」

 あれからもうすぐ三年。

「でも、やっと自信がついたんだ」

 彼女は自信、という言葉へ素直に反応する。

『だから、自分で自信が持てるようになったら聞くよ』

「俺……いや、僕は、君に相応しくなりましたか?」

 その言葉に、彼女は振り返って満面の笑顔を見せる。

「好きだッ! なんて追いついてすぐ裏声で言えるんだから、なったんじゃない?」

 ――何か悔しくなったのは、取り合えず言わないでおく。

 

 

あとがき

リハビリ的作品、とでも思ってください。
疑問に思うところがあったら、すぐにTOPページのweb拍手をご活用ください。

一人称を完全に僕にして、最初から読み直すのもありかもしれない。