季節は梅雨。それも真っ只中。そんな季節のとある日。
その日は最悪な日だった。
何をやっても上手く行かないのか、俺はむしゃくしゃしながら学校から帰っていた。傘を差して大通りを歩く。大通りとは良く言ったもので、車は次から次へ、
まさに「選り取りみどり」と言った感じで流れていく。
……実際にそう言うかは、まったく分からないが。いきなり俺の顔が、笑いとは違った感じで緩み、ため息を吐いた。
自分に落ち着けとでも言っているかのように。そうすると、落ち着いたのか、顔を勢い良く上げた。と、その時。
いきなり大通りに沿って作られた公園から、黄色い傘が飛んできた。
その傘は、風に乗ってそのまま道路へと転がっていく。
次に、子供が公園から飛び出してきた。傘を拾いに行くのだろう。道路へと走っていった。結果なんていわなくても分かる。
このまま行けば結果はありきたり、最悪、悔やまれないの三拍子だろう。「――、―――――」
ノイズがかかっていて聞こえないが、俺は呟いていた。
更に、自分に悪態でもついているらしく、顔が引きつった笑いを作っていた。……が、その後の自分の行動は早かった。初めに躊躇無く子供を追いかける。
そして、道路で傘を拾っている子供を両手で掴むと、
車から遠ざけるかのごとく全力で投げ飛ばした。何で通りに投げないんだ?
ふとした疑問。もちろんそんな質問に答えるものは居ない。
突然自分を襲った大きな衝撃と、後頭部に奔った痛みによって、
そのまま俺の意識は闇に落とされ、俺は、その場面で、丁度目を覚ました。
いや、そう言うのは正しくない。二回目のその日が始まったのである。
――俺はいつからか、毎日を二回、生きるようになった。
人に言うと、予知夢の一種などと言うがそんな半端な物ではない。
しっかりと、その一日を過ごすのだ。五感も全てはっきりしていて、全てしっかりと感じる。
……いや、そう言えば一つ感じないものがあったか。聴覚は、はっきりしていない。何故か、一回目の俺が聞き取る音は、全てノイズになっている。
それともう一つ、その時の俺の思考について。
多分、コレが原因で人には予知夢だなんて言われてるんだろう。一回目の俺が何を考えているか、それがこっちの俺には分からないのだ。
俺は、顔を洗ってすぐにテレビを付ける。
するといつも通り、ニュースキャスターから一回過ごした日の日付が、告げられた。「やっぱりな……」
喋る。自分の声が頭の中で反響して耳に伝わる。
当然のような反応を俺は確認すると、その後の準備を済まし、学校へと向かった。雨の降る大通り。俺は傘を持ちながら大通りを歩く。
その途中、ふと一回目の事を思い出した。「一回目は、確か最悪の日なんだっけな……」
そう呟いて、更に落ち込んだ。何で自分を追い詰めてるんだろうか。
その後は、何も考えないように努力して、そのまま学校へと辿りついたのであった。
で、その後の事。わざわざ繰り返して言うほどでも無い。最悪だった。
何をやっても俺の思い通りに行かない。話せば相手を怒らせ、自分も怒る結果となる。
結局、一回目と何も変わらずに、俺は最悪な日を過ごしたのであった。その後の帰り道。まだ雨は降っていた。今はそれさえも忌々しいのだが。
まさに、俺の怒りは言うまでも無く最高潮だった。
思い出すたびに頭の中から相手に対して毒が浮かび上がってくる。
その毒は思い浮かべれば際限が無くなっていった。まあ、それも歩いていくたびに収まっていった訳だが。
俺は、自分自身に落ち着け、言うために、表情を和らげる。その後ため息をついた。
そうすると、俺は落ち着いたようで、顔が自然と勢い良く上がった。その時の事だった。
俺の目の前を、一本の黄色い傘が転がっていったのは。
もちろん、その後を子供が追いかけていく。……見てるだけでも俺を咎める者は居ない。
だが、あえて一回目の俺は突っ込んだんだ。突っ込まない訳が無いだろう?「ったく、笑えねえよ」
そう呟いて俺は笑った。本当に笑えない。何でまた繰り返さなきゃいけないんだか。
直後、俺は全力で子供を追いかけて、屈んで傘を拾っている子供を両手で掴む。(歩道まで投げるにしては遠すぎる……か)
走った距離を思い出す。そして、すぐに結論に至り、
子供を車から遠ざけるように投げ飛ばした。投げ飛ばされた子供の表情は見えない。大体見ている暇も無い。
何故って、俺はこれから来る衝撃に耐えなければならないんだ。そう考え、振り返った刹那。
大きな衝撃が体を吹き飛ばした。
突然すぎて受身が取れない。そのまま俺は後ろに吹き飛び、一瞬の間に背中、後頭部、足、が順番に着地する。
もちろん、そんな無茶な着地で無事に居られる訳も無い。
俺が後頭部をコンクリートに激しくぶつけた瞬間に、意識が途絶えたのであった。
「――、―――――――――――」
「―――――、――、――――――――――」
全ての音がノイズだけの世界、目を覚ますと俺はまたそこに居た。
この世界には覚えがある。そう、確かここは、一回目の世界だ。「―――――?」
母親が心配して問いかけてくる。
「――、―――」
俺が、答える。多分その答えは「大丈夫」だろう。
その後しばらく話し合っていたが、俺は母親に出て行って欲しい旨を話したらしく、
おとなしく母親は出て行った。そして、しばらく天井を見つめていたが、しばらくすると何かを思い出したかのように、
近くにあった新聞を引き寄せた。視線は日付へと向けられている。
……で、硬直した。あの事故の日から、一週間経っていたからだ。しかし、その硬直もしばらくすると糸が切れたかのように一気に消えて、
そのままベッドへと倒れこんだ。言うまでも無いがここは病院。そして、俺は病室に寝かされていた。
詳しい状況は、二回目で俺も知ることになるだろう。いきなり眠気が襲ってくる。どうやら、一回眠るらしい。
って事は、俺の出番だ。起きたら、見舞いに誰が来たかとか、
俺が助けた子供はどうなったとか、聞かないといけない。眠気は頂点へと達する。
そしてそのまま俺は眠って。
俺は、目覚めたのであった。
―fin―