俺たちは、落ちてきたビルのすぐ近く、完全に倒壊しきっていたビルの中に隠れていた。
 もっとも、例のChangeにどれだけ効果があるかは分からないのだが。

「さて、どこから来るかね」

 自分自身を鼓舞するために、楽しみにしてるように呟く。

「もし、僕たちの目の前に現れたらどうする?」

 肩でじっとしながら、起こったら面白いねぇ、とでも言いたいのだろう。
 シロは笑いながら聞いてきた。
 ったく、何てパートナーだ。

「その時に考える」

 考えても仕方ないので、一言で切って落とした。
 もっとも、そうなった時は逃げるのが一番だろうな、とは簡単に見通しはつけている。
 そんな事は、是非とも起こらないで欲しいな。
 入り口が完全ガラス張りの向こう、ビルの一階全体を睨みながら、思った。

 と、丁度そのときの事だった。

「また随分堂々と降りてきたものだね」

 シロは、呆れたかのように呟いた。
 それは、男が油断しきった状態で降りてきたからだろう。
 肩には鷹が、静かに座っている。
 俺たちがガラスを挟んで目と鼻の先にいるなんて、
 考えもしないだろうな、なんて思い苦笑した。

「さて、逃げるか?」

「うーん、もう少し観察しよう」

 それもそうだな。
 そう呟いて、俺は引き続き、入り口を見続けることにした。
 ガラスの向こうからそのままの状態で男が出てくる。

「まだ帰れないなんて、どんな化け物なんだろうなあオイ」

 そして、淡々と呟いた。
 帰って来れない……ってのは、元の世界だろう。
 なるほど、相手が死んだ瞬間元の世界に返されるのか。

「確かにな」

「じゃあ、また頼むぜ。次こそしっかりと殺すんだからな」

「ああ」

 鷹が、男の肩を思いっきり踏みしめ空を舞い上がる。
 そして、ビルをもやすやす飛び越え、遥か天空、一粒の点となった。
 見届けてから、俺たちも作戦会議に入る。

「さーて、殺すなんて言葉堂々と使ってるわけだが、どうしようかね」

「どうもこうも無いでしょ。取りあえずはここから移動するのが先決だね」

 それだけは間違いなかった。
 今すぐ攻めていっても、思い通りの結果にならない。
 だから、俺は一言、

「Accurate」

 のみを言い残して、その場から『正確に、見つからないように』移動した。

 

「で、これからどうするんだ」

 俺たちの隠れ家は、やっぱり倒壊したビル。
 オフィスなんて呼ばれてる場所の中だった。
 中も、綺麗に荒れてる。
 本当は『綺麗』なんて使わないのだろうが、シロによれば『製作者』が居るらしい。
 だから、その『製作者』に尊敬の念を抱かざるを得なかった。

「そうだね……簡単に、武器について説明する事にしようか」

 シロはやっと、俺の肩から静かに窓の側、前に倒れている本棚に飛び移った。
 こう言うとき、シロが子猫と言う事に感謝を覚えたくなる。
 いや、さっき鷹が飛び上がるとき、あの男の人痛そうだったし。

「それじゃあ、最初に武器は2つの形式があると言う所から説明するよ」

 着地してすぐ、シロは振り返るとそれだけ呟いた。
 『準備OK?』なんて、目でも聞かれている。
 だから、俺も何も言わずに、二回頭を上下させた。

「武器には、大きく分けて二つの形式があるんだ、一つは……」

 そこからは、言葉にするとやけに長いので割愛。
 取り合えず、武器には30秒連続使用可能な『継続式』と、
 その言葉を口にすることで、瞬間的な作用を及ぼす『瞬間式』があることを教えられた。

 こうやって文章にすれば一瞬で済むのに、何で5分も掛かるんだ。

「ってことは、Accurateは継続式だったのか」

 ひとしきり授業が終わったので、それだけ呟いた。

「何で分かったの?」

「着地するのに瞬間式だったら、俺は今頃死んでただろうが」

 そう言って、自分の着地を三人称で見たかのように想像した。
 無傷だったってことは、上手い具合に着地できたんだろう。

「さて、他に聞くことはもう無いの?」

 想像の世界に入り浸っている俺を引き戻すと、それだけ聞いてくるシロ。
 もし聞き漏らしがあったら後で聞くから。
 それだけ言って、この部屋から出ようとする。

「ケイ」

 すると、また呼び止められた。
 シロは、窓の外を見ている。
 目線の先には、看板で一休みしている鷹の姿があった。

「両方とも、来てると思う?」

「だろうな」

 ここに来て一番最初に使われた戦法。
 それには鷹と飼い主、二人が共に行動する必要があるはずだ。
 だから、あの看板の下で、飼い主は鷹と共に休んでいるのだろう。

「あの鷹は僕が仕留めるから、そっちに突撃頼むよ」

 鷹を睨みながら喋るシロ。
 そこから完全に戦闘態勢に切り替わっていたのを感じ取った。

 ……ったく、頼もしい奴だよ。

「ああ、任せろッ!」

 そう言って、俺たちは同時に窓を飛び越えた。
 幸いにしてここは二階、それも倒壊済み。
 看板に飛び移るシロとしては大変だっただろうが、俺としては簡単に着地することが出来た。

 上から、やけに騒がしい羽根のばたつきの音が聞こえる。
 完全に奇襲成功のようだった。

『さて、俺は飼い主か!』

 立ち上がってすぐに看板の下、俺の目の前を見る。
 そこには、上の光景に理解が追いつかず、呆然としている男が立っていた。
 まさに好都合。

「Accurate」

 正確に、姿を隠す。
 そして、男の真後ろから忍び寄って後頭部を鷲掴みにし、
 近くのビルの、コンクリート壁に叩きつける。

 締めに、さっきのビルのオフィスからくすねてきたカッターを、
 首もとの近くに寄せて、音を聞かせるため思いっきり刃を出した。

「今の状況は、分かっているな?」

 上から聞こえてくるはばたきの音は、徐々に小さくなっていく。
 頭を壁に押し付けられた状態の男は、それを一通り聞いてから、小さく一回だけ舌打ちした。

 そのまましばらく膠着する。
 ふと、その状態を打ち破るかのようにシロが叫んだ。

「ケイ! 今すぐ仕留めて!」

 え? と声を上げたのもつかの間、相手は俺の拘束からいとも簡単に逃れて、振り向く。
 そして、カッターを持ったままボーっとしている俺を突き飛ばして逃げていった。

「……おいおい、何でAccurateを使っていたのに逃げられるんだよ?」

 尻餅をついた状態で、走り去る男を見送る。

「30秒、過ぎてたんだよ」

 シロの呟く声が聞こえる。
 そこまで聞いてやっと、この武器に時間制限があることを、思い出させられる。
 上を見ると、傷だらけになりながら看板に座っているシロの目とぶつかり合う。
 だがそれも一瞬で、シロの方から逃げていく男へ目線を移した。

「別に、気にしなくてもいいよ。……ためらいが無ければ人間じゃないから」

 その言葉は、慰めだったのだろう。
 ただ、今の俺にはそれを聞くのも申し訳なくて仕方なかった。


 

 第十一話

 第十三話

 Alphabet・Fight