立ち上がってすぐ、シロが看板から飛び降りてきた。
 上手い具合に肩に着地するものだから、意外に重みが圧し掛かる。
 そのせいで少しよろけてしまった。

「あー、ゴメン。いつもの癖なもので」

「お前、これからは直接俺のところに降りないようにしろ」

 肩の重みにも慣れて、シロを見る。
 所々の傷跡が気になったが、どれも今の状況には無関係のようで、一安心した。

「ん、どうしたの?」

「いや、よく鷹に勝てたなー、とか思ってさ」

 呟きながら、さっき鷹がとまっていた看板を見る。
 そこには、無数の羽と血液。
 戦いがあったことを物語っている。

 一つ、足りないものがあったが。

「……あれ、鷹は何処にいるんだ?」

 そう、鷹の死体が無い。
 決して死体を見て喜ぶような趣味では無いが、これだと場合によっては大事だ。

「ああ、消えたんだよ」

 ふとそこで、シロは俺の疑問に対してあまり考えることなく答えた。
 どうやらシロは、鷹をしっかりと仕留めていたらしい。
 喜べる結果かどうかは別として。

「消えた、だと?」

「うん……実体を失ったって言う方が分かりやすいかもしれないけど」

 余計に分からない、って言ったら怒られるのかね。
 取り合えず、以前のシロのような状態に戻った、ってことなのかもしれない。
 そうだとしたら、シロたちは羨ましい。

 何故って、いくら死んだとしても結局あの状態に戻るだけなんだから。

「どうしたの、ケイ。そんな暗い顔して」

 シロがじっと見つめてくる。
 それに俺は、ただ何でもないとだけ返して、歩き始めた。

「……死んだらどうなるか、って聞きたいの?」

 こう言うときだけ、人の気持ちをドンピシャで当ててくるこの猫。
 大当たり、一等賞。いやいや、特賞だ。

「それなら、僕から話したいことが一つあるよ」

 それらしき雰囲気に変わって、シロが黙り込む。
 俺が振り向くのを待っているのかもしれない。
 いや、こう言うときだけ律儀な奴だ、『待っている』んだろう。

「話せ」

 だから、俺はシロの要望に答えて振り返る。
 シロは、それを無視して周りを調べることで答えた。

「おい」

 コチラを一瞥して、また周りを見回すシロ。
 そこまで来てやっと、休憩時間が終了だという事を悟った。
 生憎俺の視界には、まだ敵の姿を捕らえていない。

 しばらく、この緊張が続いていただろうか。
 突然シロが叫んだ。

「上!」

 構えて上を向く。
 目線の先にあるのは、一粒の小さな瓦礫。

 ……何だ、瓦礫か。

「Accurateで避けて!」

「はあ?」

 思わずシロの顔を確認してしまう。
 しかし、シロは真剣そのもの。
 俺としてはクエスチョンマークを頭に大きく作っていた状態だが、
 仕方なくAccurateを発動させる。

 そうして上をもう一度見ると、空は一面の灰色に覆われていた。

「んなッ!?」

 その灰色が何かさえ分からないまま、後ろ向きで思いっきり跳躍させられる。
 まさに、恐るべしAccurate、とまあそんな感じだった。
 実際、元居た場所から、十メートルほど一飛びで移動させられる。

『これは、もう世界記録とかそんなレベルじゃないな……』

 馬鹿な考えを振り払って、目の前に集中する。
 しばらくすると、俺がさっき居たところにコンクリートの塊が直撃した。

「うわ、あともう少しでアレか」

「危なかったね……って、何処に向かうの?」

 知るか、と言いたかった。
 まだ身体が回避を続けている。
 要するに、さっきの攻撃がもう一回と来るのだろう。

「さて、このままじゃあ防戦一方だな」

「ケイ、さっきの話の続き、Accurateを切らさないように聞いてくれない?」

 またそうやって関係の無い話を。
 悪態をつきたかったが、止めておいた。
 今更関係の無い話なんて、無いだろう。

「オーケー、聞かせてくれ」

 降り注いでくるコンクリートの塊、言うなればビルの残骸を避け続けながら、耳を傾ける。

 シロの話は、思いのほかあっけないものだったが、
 俺を驚愕させるには十分だった。

「……おいおい、どういう原理だ」

「今は原理なんて関係ない。唯一の懸案事項が解決した、それだけで十分でしょ?」

 シロの不敵そうな笑みを受ける。
 確かに、その通りではあった。

「相手がそれを知ってる可能性は?」

 さあね。それだけ呟くと、試すような目で俺を見てくる。

「んだよ」

「で、やるのやらないの?」

 話し始めてから3度目のAccurateを呟きながら、しばらく考える。
 とは言ったものの、それもほとんど意味無いか。

「……ああ畜生胸くそ悪い。分かった、やってやる」

 そうひとしきり文句を呟いてから、前に飛び出す。
 『正確に、かわしながら敵に近づいて』いく。
 すると、敵は意外とすぐ目の前に居た。

「なっ、何でかわせるんだよ!?」

 敵は、目の前のありえない光景に目を剥いている。
 正直、俺も信じられない。
 さっきも言ったが、恐るべしAccurateってところか。

「覚悟しろおおぉぉぉッ!」

 カッターを手に持って、叫ぶ。
 そこから全力で相手に向かって駆け出した。
 その姿は、結構威圧感があったのだろう。
 近づいてくる俺に、相手は呆然としていた。
 俺としては、そっちの方が好都合ではあったが、流石に上手くいかないらしい。

 今度は、狂ったかのように同じ単語を連呼し始めた。
 もちろんその単語はChangeのみ。
 そのせいで何度も俺は、向かっては後ろに飛ばされを繰り返す。

『ああ、最初に会ったときもこうやってた訳か』

 さっきの事を思い出す。
 そう言えばあの時も、逃げては戻されを繰り返していた。
 きっと、そこら辺の砂利と俺とを何度も『Change』していたんだろう。

「ったく、近づけないな!」

 走りながら叫ぶ。
 もちろん、策が無くてこんな事をやっているわけではない。
 その証拠に、相手が後ろからの襲撃者に気付けずに居た。

 襲撃者は、敵の首もとに噛み付く。
 相手は痛みに耐えかねて、乱暴に後ろへ振り返った。

「はい、作戦成功ー」

 振り返った勢いで宙を舞ったシロは、吹き飛ばされながらも、笑っている。
 ったく、まだ完全に成功して無いって言うのに。

 と思ってたら、やっぱり目前に迫る俺の方を振り返ってきた。
 まあ、あと数秒早かったらヤバかったか。
 今となっては、意味の無い推測だが。

『正確に、一瞬で近づいて……』

 一飛びで相手の目の前に飛ぶ。
 相手の驚愕に満ちた顔が良く見える。

『切る!』

 そして俺は、そのままの勢いで、カッターを薙いだ。


 

 第十二話

 第十四話

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