あれから色々とあったが、まあ何とか落ち着いて。
 向かい合いながらコーヒーを飲めるほどになった。
 身体中の節々が痛い。

 『痣が残らないように』なんて言いながら、
 笑顔で間接を極めてきた彼女の顔はこれからも忘れられないかもしれない。
 その他にも、色々と精神的な処罰も辛かったが、あえて話そうとは思わないので省略。

「で、結局何のために来たんだよ?」

「『だよ?』」

 笑顔で顔を傾けてくる。純真無垢なんて言葉より圧力を掛けているってのが良く当てはまる。

「……ですか?」

「全文言ってもらわないと困るわね」

 何気なく言いながら、砂糖が大量に入ったコーヒーに口をつける。
 いつか闇討ちしてやりたいものだ。
 ここで怒鳴れないのは怖いとかそう言うわけではないぞ、決して。

「結局何のために来たんですか?」

「読点くらい入れたら?」

 これが洋一とかだったら、容赦なく胸倉を掴んでた。
 いや、別に笑顔からまだ漏れてるそのどす黒い何かが怖いわけじゃない。
 一応相手も女性な訳だし、手を出すのは悪いじゃないか。
 むしろそうしておいてくれ。

「何で自分自身で弁解してるの?」

 シロが面白いものを見つけたかのごとく、テーブルに飛び移ってくる。
 どっか行ってくれ。お前が楽しめるものなんて無いぞ。
 むしろ近づくな。何かを起こすんだから。

「酷い言いようだねー、自分自身が悪いくせに」

「へえ、自分は悪くないと?」

 彼女は、シロを睨んでボソリと呟く。

「あ、すみません……」

 シロは思わず謝罪していた。
 そう言えば、あの後、シロが原因だってことは伝えた。
 そうしたら、何と彼女はシロに触れる事が出来て、シロも色々な事に。
 どうやら彼女は、俺たちみたいなのじゃあ敵わないらしい。

 初めはざまあみろだったさ。
 でも、自分の立場と変わってない気がして。
 ……ああ、認めるさ。悲しい。

「取り合えず話を始めませんか」

「そうね、ほっといたら一生これが続きそうだし」

 彼女はそう言って呆れたようにため息をつくと、もう一度コーヒーに口をつけた。
 顔は整ってるわけで、絵になってることはなってる訳なんだが、内面がね。
 俺もため息をつきたくなるさ。

「そこの安藤啓太、始めるわよ」

 笑いとは違う細められた目が、何気に怖い。
 仕方なく、聞きの体勢に入ることにした。
 彼女は、またまたコーヒーに口をつける。何度飲む気なんだ。

「貴方が話そうとするところ邪魔するからでしょ」

 彼女はため息をつきながら、ぶっきらぼうに言った。
 そりゃあ悪い事をしてしまった。是非話を始めてくれ。

「何かからかってるでしょ?」

「いやいや、そんなことはありません。ささやかな復讐とかそう言うわけでもありませんよ?」

「む……」

 彼女は眉間にしわを寄せながら、コーヒーを飲む。
 突っ込まない。もう突っ込みはしないさ。
 話が始まらないからな。

「じゃあ、始めましょう」

 言って、俺の顔をじっと一直線に見た。
 睨んだわけでもなく、見た。

「初勝利、おめでとう」

 そのまま、表情を変えずに呟いた。

 グラリと、視界がずれた。感覚で言うなら、ジェットコースターに乗ったような感じ。
 何に対しておめでとう、って言ってるのか。
 初勝利? 俺は何を競った? 何をやった?
 ……いや、分かってる。

「お前、それは本気で言ってるのか」

 思わず、テーブルを叩いてしまった。
 手元のカップが、ガチャリと大きく音を立てた。
 中身が波紋を起こし続けている。
 その間も、彼女は謝らない。ただ、俺の視線を一身に受け続けている。
 ただ、俺の行動を見るかのように、じっと観察していた。

「おい―――ッ!」

 そんな、彼女の無関心な行動で、頭に血が上る。
 後先も考えずに立ち上がる。その乱暴さに答えるように、イスは俺の後方で仰け反り、倒れた。
 彼女は、俺のその行動を見守るだけ。
 それを見て、今度は。

 俺だけ世界からはみ出てるような、そんな感覚を覚えた。

「……何で、人が死んだって認識しないんだよ」

 自分で作った空気に耐えられなくなって、彼女が目を逸らす。
 すると、見かねたように、シロが俺の視界に飛び込んできた。

「何だよ?」

「ケイ、八つ当たりは良くないよ。それに、彼女の方はそれを狙ってるわけだし」

 は? とひょうきんな声を上げたのもつかの間、意味が分からなくて彼女の方を向きなおす。
 彼女は、珍しく居心地の悪そうに、目を逸らしていた。
 シロの言った事が大当たりらしく、俺はシロの言った事に珍しく感謝したくなる。

「で、どう言うことだ」

「そのままの通りよ」

 目を合わせずに話しかけられる。
 ってか、何で八つ当たりされたいんだよ。

「まさか……そう言う性癖が?」

「違う!」

 何でこんなときまでコントじみた事をやらなきゃならないのと悪態をつかれる。
 取り合えず、こっちがこっちで予測するべきなのかな、とか思い仕方なく予測する。
 で、当てはまったのがさっきのことだった。

「今考えてる通りよ」

 何処を見ているのか、そっぽを向いている。

「これでも関係者だから、罪悪感はあるの。で、こう胸倉でも捕まれば、救われるかな、って」

 静かな口調で呟くと、シロの方を見る。
 で、鼻をピンと弾く。そう言えば触れるのか、少し忘れてた。

「見事に、防がれたけど」

「ケイは、怒ったって損なだけだしね」

 お互いに笑いあう。そんな二人の様子を見て、先程の心はいつの間にか落ち着いていた。
 大体、怒っても損な訳だからな。何を言うわけでもない。

「さて、それじゃあ話はお終いか?」

「そうね……」

 シロとじゃれるのをやめて、残ったコーヒーを一気に飲み干す。
 中身を思い出し、そんな一気に飲んで大丈夫なのかと心配になる。
 この先病気にならないことを祈るわけだが。

「じゃ、質問は?」

 そう言うと、立ち上がる。
 聞く耳は持ってなさそうだけど、聞くだけ聞いておく。

「何で、俺が勝った……って事を知ってるんだ?」

 俺の質問に対して彼女はクスリと笑う。
 そして、『またいつか』と回答しただけで消え去ってしまった。
 やっぱり一瞬で掻き消えてしまった彼女を見送った俺は、コーヒーカップを片付ける。

「ったく、面倒なことしやがって」

 シロに聞こえるように呟く。

「何で僕に言うの?」

「俺が怒ってから止めたじゃないか、狙ってたろ」

 カップをわざとじゃないがカチャカチャ鳴らしながら運ぶ。

「いや、あれはわざとじゃないよ」

 シロは苦笑するように呟く。
 何処まで信じられるか怪しいものだ。
 大体彼女の目的を知ってるのなら、意図的に止めなかったってのもありえる。

「ってか、完全に意図的か」

 シロは完全に無視してる。鼻歌なんて歌ってるくらいだ。
 とは言ったものの、意図的だとすればシロっていい奴な訳か。
 それも気に入らない。

「ったく、タチが悪いパートナーだな」

 誤魔化し続けてる白猫を脇目で見送って食器を洗いながら、これだけを呟いた。


 

 第十六話

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