五月も終わり、そろそろ蒸し暑くなってくる季節。
 月の変わり目という事もあってか、臨時的な集会として外に出される生徒数百名。
 女子にはそろそろ厳しいレベルの日差し(偏見)が全員平等に照りつける。
 俺、要するに安藤啓太もその中の一人としてぼんやりと列の中に立っていた。

「君たちも将来は株! そう、株をやるといい! そうすれば少しは稼げるだろうね!」

 さっきから20分に渡って金を稼いだ自慢をしているのは当校の校長。
 どこから見てもタチの悪い成金ジジイで、いつも集会になると自分の自慢ばっかりしている。
 もちろん、生徒としてはそんなこと一部を除いてどうでもいい訳で、

「あのジジイ、どうやって闇討ちしてやろうか……」

 洋一みたいに怒りを爆発させてる奴とかもいる。
 それを遠目に春流と俺はやっぱり、とか笑ってたり。

「しっかしまあ、あの校長は面白いねー」

 黒を基調としてラインの入ったスーツを着こなし、右手には金ピカの時計、メガネは金縁。
 こんな有名ホストが老けたような人間を見れるのは、ある意味面白いことかもしれない。
 ただ、俺としては決して半径3m圏内に入ってもらいたくは無いな。

「それは僕も同じだねー」

 遠くで見るのが面白いんだよ、とか言いながら常時眠そうな顔をしている春流は軽く笑った。
 何となくシロを思い出させるが、シロはこれよりもっと騒がしいか、なんて自己解決。
 そんなシロは、現在我が家でくたびれてる所だろう。
 良く分からないけど、暑いとか眩しいとか寒いとか、そう言う感覚は一応備わってるらしいのだ。

 いきなり古臭い音楽が流れる。

「そうそう、今回は……っと、失礼」

 校長は、話をやめて後ろに振り返って音源を取りだす。
 何かを取り出したかと思えばそれは携帯電話で、遠巻きから見ている俺たちの失笑を誘った。

 そんなことに気付いていない校長は、電話の向こうの相手にしばらく相槌を打っていたが、
 突然急転し、『よくやった!』なんて賛辞を与え続けるようになっていた。
 どうやら何かで儲けたらしいが、まあ関係の無い話だろう。

「今度はどんな儲け話だろうね?」

「知らねえよ」

 春流の問いかけに半ばぶっきらぼうに返す。
 これでまた話が長くなるのは確定だし。
 生徒×2の目線を受けた校長は、話を終えると突然振り返る。
 で、今にも全員シンクロしてため息をしそうな俺たちに対し、

「君たち! お金は欲しいかあああぁぁぁぁぁッ!」

 そんな意味不明なことを叫んでいた。
 あえて例えるなら、民衆が沢山群がる番組とかに出てきそうな、暑苦しい司会みたいに。

 

「で、見事に全員金に釣られたわけか」

 あれから二日後、日曜日の朝。
 学校の校庭には、生徒数百人全員が見事に校庭集合していた。
 生徒の姿は皆思い思いの格好でいる。
 流石に私服を着る奴は居ないみたいだが。

「おい、啓太」

 後ろから呼ばれる。
 シロはやっぱり我が家でくたびれてるから、呼んでくるのは俺のクラスメイトなわけで、
 振り向いてみれば、そこには洋一が居た。
 気合が入ってるらしく、上下共にジャージで腕を組みながら突っ立ってる。

「……洋一、暑くないか?」

 何度も言うが今は六月。
 こんな格好であれば暑いに決まってる。
 なのに目の前の男、松崎洋一は不敵に笑っていた。

「お前、金が入るんだぜ? こんなもので俺が音を上げると思うか?」

「思わないな、そんな条件抜きでも」

 洋一は、正直体育会系の男だ。
 そんな奴が暑さくらいでへばるなんて方が間違いにも程がある。
 と言う訳で、俺は洋一にまあ頑張れよ、なんて言っておく。

「おっし、任せろ。多すぎたらお前にも少しやるよ」

「よし、頼んだ」

 洋一が約束を破るという事は無いだろうし、
 しっかり約束しておく事にする。
 そうして洋一は、さっさと走っていってしまった。

「いいなー、僕も約束しておけばよかったよ」

 その入れ違いで春流がやってきた。
 話を聞いているってことは、遠くから俺たちの様子を見ていたんだろう。

「今からでも遅くないし言ってくればいいんじゃねえか?」

 俺の質問に春流は苦笑で返した。
 何でコイツはこんな顔してるんだろうか。
 もの凄い嫌な予感がするわけだが。

「いや、面倒くさいだけだよ」

「……そうか」

 正直それで納得してるわけじゃない。
 ただ、コイツはどうせ何も話さないだろうし。
 一体俺は何をやらかしたんだろうか、それだけ気になって仕方ない。

「さてと、そろそろ始まるかな?」

 そう言って朝礼台を見る春流。
 整列なんてあったものじゃないが、それでも始めるらしい。
 校長がどっしりとした感じで生徒の視線を集める場所に立つ。
 それだけで、ざわざわした雰囲気は静かになった。

「……金って凄いな」

 何気なくポツリともらす。
 その言葉を律儀に拾って、春流はそうだね、と苦笑した。

「それじゃあ君たち! これから総額五千万、現金争奪戦を開始しよう!」

 至るところで叫び声が聞こえてくる。
 何てノリがいい奴らなんだろうな、とか思いながらその様子を見守る。

「現金は何処にでもに隠されているので、しっかりと探すように!」

 生徒のボンテージ最高潮。
 改めて『金って凄いな』と呟く。
 春流もさきほどと同じようにそうだね、と苦笑した。

 

 話は校長が『金は欲しいか』って叫んだところに遡る。
 あの後校長は、俺たちに金を数十億円と稼いだ、なんて事を自慢してから、

「せっかくだし、そのお金を君たちにあげよう!」

 もうそれからはお祭り騒ぎ。
 それでその日の集会は終了。
 集会は朝に行われたものだから、その日の話題は朝のことのみで持ちきりになった。
 先生方は常識人で、その日は一時間目全教科自習なんて事態が起きたわけだが、
 帰ってくる頃には何故か皆さんご機嫌だった。

 一体いくら握らせればああなるんだろうか。
 ってか、例の大仏先生とかも許可したのが驚きな訳だが。

「それでは、今朝校長先生が話していた事について詳しく話しましょう」

 帰り際に我がクラスの担任からのありがたい話。
 それが現在、日曜日のイベントに繋がるわけだ。

 

「以上で、説明を終了する! スタート場所は各自のクラス! それでは、移動!」

 気付くと、校長の説明は終わっていた。
 多分あまり意味は無いだろうから、大丈夫だろう。
 それより、俺には一つの疑問が残っている。

 この学校は、公立だ。

 私立でもやるべきではない事を堂々とやっている訳で、
 この校長は何者なんだろうかなんて疑問になってくる。
 いつかあの校長について詳しく調べてみたいな、なんて思ってたり。


 

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