「何が、ちょうどいいって……?」

 俺たち二人は、半ば後ずさりしながら問いかけた。
 むしろ春流は逃走準備万端なのだが、俺が首根っこを掴んでいる。
 いざと言う時の囮用なのだということは、言うまでも無い。

「別に、俺はそんなこと言ったかな?」

 あくまで笑みを崩さないで近づいてくる洋一の歩調に合わせながら、後退る。
 春流の制服を掴む手に、力が入る。

「言って無くても、考えてることは分かる」

 洋一の歩みが止まった。
 いや違う。もう完全に狙いを定めている。
 一歩でも動けばそれが合図。一気に飛び掛ってくるのだろう。

「何でお前は……」

「いやさ、俺、卒業したらバイクの免許取るんだ」

 死亡フラグ、なんて言葉が何処かから聞こえてきたがあえて無視する。
 むしろ関係ないじゃないか。ってか俺らが死にそうだ。

「で、そのためには金が必要だろ? バイクやら免許やらで」

 あと五秒経ったら逃げよう。

 邪悪な考えが俺の頭を占める。春流と言う囮がいるお蔭で、上手くいきそうだ。
 そんな俺の思考を読み取ったのか、春流が視線での交信を試みてきた。
 俺にそんな超能力じみたものは備わってない訳で、内容は伝わらない。

『逝ってこい!』

 なので、感情を笑顔に込めてみる。
 すぐに春流の顔は青くなった。
 やってみれば、伝わるもんだな。

「Accurate!」

 春流との意思疎通もできたので、容赦なく『正確に』春流を投げ飛ばした。

「まあ、そう言うわけで金をくうおぉッ!?」

 勝手に話をまとめようとしていた洋一を巻き込んで、春流は5メートルくらい吹っ飛ぶ。
 何となく、俺凄えよオイみたいな感動を覚えていたが、洋一が立ち上がるのに気づく。
 ついでに、その顔がキレる手前だったことに気づいた。

「……まあ、こうなるかなとは思ってた」

 身体がゆらりと揺れている。以前、俺が洋一に、実験として喰らった酔拳なんて技を思い出す。
 洋一は、俺をしっかりと視界に捕らえながら、口を半円状にして、春流を踏んだ。

「うげえ」

 なんて悲鳴上げてる春流が可哀想だったが、今度は俺が可哀想になるかもしれない。
 そのくらいに、洋一は黒かった。例えるなら、以前キレた彼女みたいに。

「まあ、落ち着こ」

「問答無用だッ!」

 何の脈絡も無く、洋一は吹っ飛んできた。
 いや違う。吹っ飛んだかのような勢いで、殴りかかってきた。
 頭の中、さらに奥深くで警鐘が鳴らされる。

「うおッ!?」

 半ば何処かの映画であるかのように、上体を後ろに反らしてその一撃を避ける。
 ぶわっと顔面に風が吹き抜けた。涼しいと言うか寒い。
 全身に水がかけられたように、サーッと血の気が引いた。
 こんな思いをしたのは、小学生の頃、トラックに轢かれそうになったとき以来だぜ、友人。

「お、落ち着け!」

 その風圧に確実な殺意を読み取れた俺は、Accurateの効果で『正確に』避けながら、説得を試みる。
 しかし、その殺意は先ほどから一向に収まらず、むしろ一秒ごとに倍になってる。

 これ以上やってると、時間切れ→撃沈になりそうだったので、バック走の状態で距離を取る。
 それを見た洋一は、多少理性は戻ってきたらしい。殺意はそのままでため息をついた。

「不思議だな。……お前、そんな運動神経良かったか?」

 息は上がってないが、多少の疲労が認められる洋一。
 そんな洋一は、俺を見て驚いていた。
 正直俺もビックリだ。

 小さく、Accurateと呟く。
 距離は先ほどと変わらない。

「ふふん、面白いじゃんか」

 完全に、いつもの洋一に戻っている。後ろの黒いものを除けば。

「何が言いたいんだよ」

 腕を組み、不敵に洋一は笑う。
 そして、俺に人差し指を向けてきた。

「終了十五分前に、図書室へ来い」

 これは、宣戦布告だ。
 何故か知らんが、俺は図書室で死闘を繰り広げるらしい。

「って、お前前野さんはいいのか?」

 揺さぶりを掛けてみた。
 話によれば、幼馴染の影響もあってかこの二人は中が良いらしい。
 一緒に学校から帰ってるなんて情報もキャッチ済みだ。

「な、なんで悠里がそこで……」

 思いっきり揺さぶられてた。

「一緒に帰るんだろ? 俺と遊んでて待たせるのか?」

 洋一は急に頭を抱えて、悩み始めていた。
 面白いなー、なんて思いながらその光景を見てる。

「……だったら、時間切れまでに決めるだけじゃないか」

 で、結果は微妙なものに終わった。
 これで洋一が焦ってくれるってのはまあ良いことかもしれんが、
 問題はやっぱり図書室に行くことになってしまったってことだ。

「よし、絶対来いよ!」

 断ろうにももう遅い、行ってしまった。
 俺に出来ることと言えば、まだ廊下で倒れている春流を起こすことだけだった。

 

 図書室前に立つことが、こんなに緊張することだとは思ってなかった。
 ここを開けた瞬間、洋一が飛び蹴りしてきそうで怖い。

「お前、何をやってるんだ。早く入れ」

 と、馬鹿みたいにずっと考えてたら、向こうから扉を開けた。
 図書室の中には誰もいない。いつもの静寂が戻っていた。

「……ここにいた人々は?」

「きっと、他の場所に行ったんじゃね?」

 確実に嘘だったが、突っ込む気力も無かった。
 取り合えず、飛び散ってる本とかは誰が片付けるんだろうな。

「見つけた第三者に決まってるだろ?」

 そう言うと、図書室の真ん中に歩いていく。
 いつもなら、この部屋は机で埋め尽くされてる。
 完全に図書室そのものな訳だが、その机が見当たらない。

『まさか……外から放り投げたのか?』

 そう思った矢先、図書室の一角に、積み木のように積み上げられた机を見つけた。
 外から放り投げるより非常識すぎて何も言えない。

「さて、それじゃあ始めるか?」

 軽く身体を伸ばす洋一。完全にやる気だった。

「本当にやるのか」

「ああ、それも気が済むまで」

 そう言うと、急に構えた。

「お前、本当に行動と言動に脈絡が無いよな」

「バーカ、お前が理屈こね過ぎなんだっての」

 洋一は、ピクリとも動こうとはしない。
 多分、俺が焦れて攻撃するのを待っているのだろう。
 だったら、時間ギリギリまで睨み合ってればいい。

 そう考えていたら、いつの間にか洋一は急接近していた。

「Accurate……!」

 叫んだと同時に後ろに下がる。
 俺が出した指令は、『正確に距離を取れ』だった。

「ったく、本当に予想外だぞ。これは」

 ボクシング的なフットワークで近づいてきた洋一から遠ざかり、それだけ呟いた。

「お前も言ってただろ? 悠里との待ち合わせに間に合わせなきゃならねえんだ」

「ああ……そう言えば、言ってたな」

 俺としてはさっぱり忘れてたけど。
 ってか、こんなことしてていいのかよ。

 そんな俺の呟きは、届くわけも無く、洋一はひたすら臨戦態勢だった。


 

 第十九話

 第二十一話

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