洋一がもう一度踏み込んでくる。そのまま殴りかかってくるようだ。
 俺は、特に避ける訳でも無く、そこに突っ立ってる。

「終わったッ!」

 それを俺の油断と勘違いしたのか、いきなり全力の一撃を叩き込んできた。
 俺としては決して油断なんてことではない。正確にかわした。
 洋一の顔が面白い。どうやらこれで俺が図書室の端まで吹っ飛ぶのを期待してたらしい。
 残念でした、そう呟きながら洋一を両手で突き飛ばす。
 洋一は、よろめきながら後ろへ下がって立ち止まった。

「本当に不思議な奴だな……」

 一体どのくらいの豆鉄砲を食らったのか、と言いたくなるくらい変な顔をしてる。
 そんなに俺は鈍いとでも思われてたんだろうか?
 考え事が進もうとしていた瞬間、もう一度洋一が突撃してくる。

「――ああ、仕切り直しってことか」

 こっちからも前に突っ込む。
 そのまま丁度対峙したところで、洋一が全力で殴ってきた。
 感想としてはかなり早い。将来格闘家としては有望な存在に違いない。
 走りながら身体がガクンと落ちて、頭の上に風が散った。

「危ないんだよ!」

 その状態から、みぞおちを正確に突く。
 洋一は九の字で吹っ飛び、仰向けに倒れた。

「終わった……のかね」

 ため息とともに呟く。洋一は、まだ起き上がらない。
 まさか、図書室の床に頭を打ちつけたか?
 と、いきなり洋一は起き上がった。そのまま、すぐに身体の状態を調べている。
 何があったのか分からんが、凄い不思議な顔してる。

「……痛く、ない?」

「は?」

 不思議そうな顔で立ち上がる洋一。
 で、こっちを見てくる。

「お前、平手でみぞおちを突き飛ばすなんて面倒なことやってるのか?」

 何を馬鹿な。二度目はしっかりと握りこぶしで突いてやったさ。
 ってか、何で起き上がってるんだ。Accurateで『正確にトドメを刺した』はずなんだが。

「そうか……」

 変な顔をしたままもう一度構える。
 今度は、さっきのボクシングスタイルとは違った重々しい構えだ。
 近づく足取りも遅く、摺り足で近づいてくる。

「柔道、っぽいな……」

 何気なく後退る。もう30秒確実に過ぎてたからだ。
 Accurateと呟けば、それだけで洋一は突っ込んでくるだろう。
 だから、無闇に声を出すことが出来なかった。
 じわりじわりと後方に追いやられる。

「!?」

 ふと、背中に大きなものが貼り付く。壁だってことは分かる。
 しかし、あまりにも唐突過ぎて、洋一の急接近に対応が遅れる。

「しまっ――」

 Accurate、と叫ぶことすらも出来ず、気付いたら図書室の床に仰向けに打ちつけられていた。

「……取った」

 背中が熱い。よっぽど強く叩きつけられたのか。
 何度も咳き込みながら、Accurateと呟く。
 そうして、『正確に落ち着く』ことで、やっと起き上がった。

「はっ、――はっ、……痛え」

 あまりの痛さに息が途切れ途切れになる。

「そりゃあすまなかった」

 背後からの声。まだ座っている状態だったが、そこから一気に飛び退いた。

「ん、失敗か」

 両膝を突いて、俺の後ろにピッタリと張り付いていたらしき洋一がいる。
 絶対アイツ、絞め落とそうとしてやがった。

「油断大敵だぜ? 啓太」

 洋一は不敵に笑う。その様子を見て、殺されるかもしれないと思いながら、立ち上がる。
 奴も、立膝から普通の状態に戻ってまた構えた。
 どうやら効果アリと考えたのか、このまま柔道スタイルでせめていくらしい。

「お前、二度目は無いぞ?」

 ちょっとした挑発をしてみる。

「なら、本気を出してやろうか?」

 お前は何処かのゲームのラスボスか。
 始めに考えた言葉はそれだった。
 倒したら今度は「これを使うことになるなんて」って言いながら立ち上がってきそうじゃないか。
 洋一は、俺の心配をよそにただただ不敵に笑っている。

「じゃあ、掛かって来いよ? 死なないように、な!」

 タン、と踏み込む音が軽い。そんなことを考えていると、洋一が降ってきた。

「はあ?」

 Accurateの効果が働いて、全力で後ろに飛んだ。
 洋一は少し遅れて、俺のいた場所に全力の踵落とし。
 いきおい余って床にぶつかったその威力は確実に死を見れるものだった。

「ってか、今のジャンプ力何だよ!?」

 何で普通の人間が赤い帽子を被ったオヤジみたいに自分の身長を超えるくらい跳んでいるのか。

「ああ……何ていうか、鍛えてたらいつの間にか」

「お前もう漫画の世界に入って来いよ」

 文字通りに飛んでくる洋一を避けながら呟く。

「どうした、避けるだけか?」

 避ける以外に何をやれ、って言うんだ。
 そう悪態を付くと、「反撃でもしてみろよ」なんて返された。

 ……反撃か。

「なら、やってやろうじゃないか」

 立ち止まって洋一を見据える。洋一は、真上から片足を高く掲げた状態で降ってきていた。
 突然立ち止まった俺に驚いたのだろう。洋一は、降りながら顔は心底不思議そうだった。

「まさか、反撃か?」

 お前がやれって言ったんだろうが。降ってくる洋一に呟きながら構える。
 洋一は、俺の場所を落下点としたまま踵を振り落とす。
 それに対して、紙一重でかわしながら洋一の顎が降ってくる位置に、拳を置いた。

「ん?」

 洋一は、何が起こったか分かっていないだろう。
 そして、そのまま拳という障害物に直撃した洋一は、無駄に大きな音を立てて仰向けに着地。
 ……いや、落ちた。

「今度こそ、終わっただろ?」

 目を覚まさない洋一に対して呟いた。
 どうやら、今のが確実なクリーンヒットだったらしかった。

「さて、それじゃあお前の金を戴こうか」

 屈みこんで、洋一に許可を取る。どうせ反応は無い。
 まあ、もし明日か何かに怒鳴り込まれたら、返してやらないでもない。
 洋一は、寝てるような静けさで、気絶していた。

「さて、ジャージだからポケットを探ってみるか……」

 誰も聞いてないのに、許可を取るように呟いて、洋一のポケットに触る。
 その瞬間、洋一の手が俺の手を掴んだ。

「うわッ!」

 とっさに離して後退る。すると、地獄の底から響いてくるような不敵な笑い声で、洋一が起き上がった。

「な、何でお前……気絶したんじゃないのか?」

「馬鹿野郎、普通だとしてもあの程度で気絶なんかしねえよ」

 どうやら、俺は騙されたらしい。その事が無性に悔しかった。
 そのあとに、洋一の言葉の一節が気に掛かる。

「待て、『普通だとしても』ってどう言う事だ」

「ああ、そのことか。それは俺も気になるんだが……」

 

「お前に殴られたダメージ、ってか痛みが全く無いんだけど」

 どうしてだ? なんて顔で見られる。
 こっちとしても分からねえよ、そう顔で答えることが精一杯だった。


 

 第二十話

 第二十二話

 Alphabet・Fight