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チャイムの音が鳴り響く。
あれから数分間、攻防を繰り返したが、結局ダメージは喰らわず与えられずで終わってしまった。
俺がその中で掴んだことは、Accurateで攻撃しても洋一は痛くも痒くもない、と言うことのみだった。どたどたと騒がしくなる。
どうやら生徒が学校から出て行く音らしい。
その音とはまた別に、何かがこちらに向かってくる音が聞こえる。「遅いよ洋一君! 何で来ないのっ!」
そして、勢いよく扉を開けて踏み込んで来たのは前野悠里さんだった。
「ゆ、悠里!?」
噂どおりアツアツらしい。洋一がその物音へ過敏に反応する。
完全に引き分けの試合は、呆気なく幕を閉じたらしい。
俺はほっとため息をついて洋一の顔を見る。「……」
洋一から俺に向けられる熱視線。
こいつ、彼女の次は彼氏でも狙うつもりか。「違うに決まってるだろうがっ!」
じゃあ何のつもりだ。
「この勝負、どうする?」
俺としては、もうまるっきり無かったことにしてほしい。ってか二人で帰れ。
そしてせいぜい彼女とイチャってろ。そのまま二度と学校来るな。
来たら10リットルの塩で応戦してやる。「イチャるってどんな意味だよ」
「どうみてもそのまんまじゃないか」
と言うか他の部分にも突っ込めよ、と言いたかったがやめておく。
完全に腑抜けてしまったらしい。チクショウ、帰れ。「……仕方ない、帰ってやるか」
すると二人は、言われた通り出て行く。一陣の風が吹いた気がしたが、図書室が寂しいせいだろう。
二人が下の階に下りていくのを見送ってから、俺も急いでその場を離れた。
からからから、とワンパターンなBGMの中を歩く。
地平線の向こうから、ビルなどに遮られながらも届いてくる強い光が俺を照らす。
取り合えず分かることは、早く自転車に乗れよ俺、ということだ。「何でこんな日まで俺は自転車を引いているんだ」
きっと噂が本当だったからだ。
「不純異性交遊だ。校則違反だ」
もちろんそんな校則、聞いたことも無い。
「きっとすぐ別れるさ」
そう言えば噂では、小学生の頃から付き合ってるってのもあったっけ。
「……足が痛い、背中が痛い、胸が痛い」
むしろ、無理矢理三拍子にした俺自身が痛い。
「……」
なんと言うか、一人称までよってたかって俺をいじめてる気がする。
これはまさしくうつ病だ。今すぐ家に帰ってその旨を親に伝えなければ。
「明日は遅くなるから」なんて昨日の夜聞いた気がするけど、気のせいに他ならない。
思い立ったが吉日だ。すぐに我が家へ戻ろう!「さっきから何を呟いてるの?」
立ち止まる。なんと、第二の救いの主が誰だか知らない人の家の塀の上にいた。
「聞いてくれ。俺はうつ病なんだ。病院のベッドの上で縛り付けられるような生活を余儀なくさせられることになる」
「……じゃあ、病院に行かなければいいんじゃない?」
それだといつまでも直らないじゃないか。俺がリストカット、または転落死、もしくは圧死……圧死?
になってもいいと言うのかお前は。今すぐ剣を抜け。叩ききってやる。「はい、剣」
それは、突然何かが表れたことによる空気の変化か。
髪の毛がふわりと揺れた。むしろ耳が空気を切り裂く音を聞いた。「あ、冗談だから本気にしないでくれないかな」
突然現れた何かに当たらないように振り返る。目の前にある剣先プラス女の子は、あの時の彼女。
会いたくない人ベスト100で39位くらいに入れる彼女だった。「それは、殴って欲しいということなのかしらね」
どうやら集計結果(脳内)が気に入らないらしい。
髪の毛をなびかせながら剣を振りかぶると、射るように俺を睨んできた。
彼女を片手で制して、自転車に乗り込む。「で、何の用? 俺はこれから家に戻って病院に行かないとならないらしいんだが」
「あらそう、抗うつ剤くらいなら分けてあげても……って何で逃げようとしてるのかしら」
必死の逃亡虚しく、自転車の後輪が切り裂かれた俺は蛇に睨まれた蛙そのものだった。
自転車の後輪が切り裂かれたせいで転んだ。本当に酷いと思う。「いや、だって本当にうつ病の人だったら危険じゃね?」
ってか自転車のタイヤ代弁償しろよ。
との言葉は、「冗談を真に受けないでほしいわね」と彼女の言葉にかき消された。
彼女が頭を片手で支えているが、本当にそうしたいのは俺なんだと声高らかに宣言したい。「で、あなたは何でそんなにブルーなの?」
「明日が月曜日だからさ」
そう言えば今頃図書室はどうなってるだろう。目撃者はしっかり洋一が始末しているのだろうか。
「……」
彼女が複雑そうな顔をしている。
どうやら気に入る理由ではなかったが、何となく納得はしてしまったんだろう。「本当に、それだけなの?」
「それだけ……じゃないけど、別にいい。愚痴る気もない」
それで一応の納得はしたのか、「へえ」とため息のように呟いて剣を消した。
凄い、手品の域を思いっきり凌駕してる。「で、こっちの質問なんだけ」
「敬語」
「……で、こっちの質問なんですけど」
タイヤ代は弁償していただけますか?
って違う。違わないけど違う。「何でここにいるんですか?」
「暇だから」
頭が痛くなってきた。どうやらこの人は友達が少ないらしい。
だからこんな時間にこっちに来たんだろう。「推測で語らないでくれるかしら」
「で、結局友達の数は?」
「……数人くらい」
人と話すときは目を見て話しなさい、そんな小学校の先生の言葉を思い出した。
先生は今頃元気にしているのかな。たまには遊びに行くのもいいかもしれない。
今度小学校のときの同級生とでも一緒にお邪魔しようか。「死ねッ!」
頭蓋骨が砕け散るような音が聞こえる。
どうやら、彼女の右足が俺の側頭部を捉えたようだ。
重力の法則を大きく無視しながら、コンクリートの塀に激突し、やっと現状を理解した。「……背中が痛い」
まるで彼女と初めて会った時のようだ。
ただ、今度は自転車に乗ってないし、側頭部が痛いけどな。「あら、やりすぎたわね」
俺を見下ろし、眉をひそめる彼女。そんな冷徹な瞳に俺のハートは……
「ってなるかッ!」
思いっきり立ち上がる。
彼女はいきなり何があったのか分からず、呆然とした顔で見てる。「一体何が……」
「いや、何でもないです」
彼女の言葉を遮って自転車を起こす。彼女は、そんな俺を怪訝そうな顔つきで見ている。
「……何か?」
「いや、何でもないけど」
数秒前に俺が使ったセリフを焼きなおすかのように返してくる。
心配されてるのか分からないが、さっきから変な顔をしている。
あの時は、もの凄く優しくなって怖かったけど、今回のは不気味だ。「ん、あの時?」
「……」
そう言えば、何か態度が違いすぎるような気がする。
「あの、すみません」
「ん、何か用かしら」
「双子の姉妹、って居ますか?」
彼女の表情が、一瞬大きく変わる。
その変化が大きすぎて、え、と声だか息だか分からない音を出した瞬間。
目の前を白い何かが横切った。白の中心でただ輝いている青は、俺を確認すると大きく揺らめいた気がした。