それから数分。俺は、ネコ型ロボットらしき物体をしばらく観察する。
白猫は、俺の視線の意味を理解してないのか首を傾げてこっちを見てる。「ん、どうしたの?」
やはり声が聞こえる。
この物体は当てはまる情報を必死にかき集め、該当させていく。
すると、とある一つの情報とコレが該当していることに気付いた。「……何だ、これは要するに」
腹話術か何かで使われる人形か。
そう納得し、その白猫に触れようとする。
しかし、その右手は無常にも、白猫の身体を貫いた。
煙を掴むかのような手ごたえに、思わず手が固まる。「……ぐへっ」
その凍りついた雰囲気の中で、白猫が悲鳴を上げる。
俺としてはそっちにツッコミたかったんだが、それよりもだ。
一体何なんだこの物体は。――え、ちょっ、本当に幻覚?
「どうしたの? そんな固まっちゃって」
まるで幽霊みたいな白猫は、こちらの苦労をつゆ知らず。
ただ、不思議そうな顔してこっちを見ていた。お前のせいだこの野郎、と言いたいところだが喉まで出掛ったところで止まる。
別に、その猫が怖いと言うわけではない。
ただ、今の時間、何をしている時間かを思い出したからだ。「オイ、猫」
「シロだよ」
小さな声。隣にも聞こえないような声で俺が猫に喋りかけると、
その猫は、周りに聞こえる堂々とした声で返答した。だが、誰もそれに反応する事は無かった。
俺も特に驚かない。さっきからコイツは、この程度の声で喋っていて、
さっきも誰も反応していなかったからだ。
何となく、コイツの存在が理解できてきた。「なあ、シロ。それならお前、姿も確認されないような存在なのか?」
白猫は、難しい顔をしているつもりらしく顔を変に傾けて、
しばらく考えると答えを出した。「まあ、一般の人に見えないのは確かだね」
考えに考えて出した答えがそれか。
そうツッコム気力も俺には無かった。
何故なら、とっくに答えは出てきていたからだ。「あーそうか、じゃあ消えろ、幻覚」
「へ?」
俺にしか聞こえない声、俺にしか見えない存在。
完全に幻覚そのものじゃないか。どうやらこれはしばらく寝ていた方が良さそうだ。
俺は、幻覚が変な顔をしているのを脇目に、そのまま机に突っ伏した。「え? いや、起きろーッ! 何で寝るんだーッ!」
しばらく続くシロと呼ばれる幻覚の叫び声をBGMにして、
俺の意識はそのまま闇に落とされていく……「随分いい身分だねえ、君は」
そのギリギリの所で引き戻された。
気付けば回りの生徒の視線は俺が独占している。
俺は、どうやら頭を鷲掴みされているようだ。「授業中に堂々と机に突っ伏すなんて、よっぽど眠かったのかね?」
ゆっくりとした口調、ドスの聞いた低い声。
これは……そうか、生徒指導の先生か。
なるほど、俺は生徒指導の先生に頭を掴まれてるのか。ってか、これはかなり危険な状況なんじゃね?
「……あの、すみません、何でいるんすか?」
取り合えず、何故ここにいるか聞いてみた。
頭を掴みながら、小太りの先生は俺の名札を見た。「それは、こう言う生徒が居ないか見回りをしに来たんですよ、『安藤啓太』君」
ミシ。
あんどうけいた。俺の名前を呼んだと同時に、
頭から、むしろ頭蓋骨からその音が響いた気がした。
俺の中の第六感が告げている。『こ、このままだと……殺られる!?』
「あの、先生、握力幾つですか?」
「リンゴを握りつぶすくらいなら、軽いものかねぇ」
まったく安心出来ない微笑みを俺に投げかけてくる大仏のような先生。
うん、そのパンチパーマとかさらに大仏じみてますよ。それより、さっきから響いてくるこの音が、少しずつ大きくなってきている気がするんですよ。
「……先生、俺、死ぬかもしれないっす」
「おお、そうかいそうかい」
それでも離さない大仏先生。むしろ強くなってる。
あと推定30秒くらいで俺の頭はリンゴみたいに粉みじんになるかもしれない。
その前に何とか抜け出す手段を考えなければならんだろう。「せ、先生! 俺が寝てたのは訳があるんですよ!」
「あー、眠いからか」
「ハイ、って違います違います違います!」
条件反射的なもので肯定した瞬間、残り時間が10秒マイナスされたのが感じられた。
すぐにその言葉を否定する。「じゃあ、ラストチャンス」
わずかだが……勝機!
この言葉に全てを賭けることになる。だが、負けるつもりも無い。
今あったことだけを、正直に話せばいいだけだ!「喋る白い子猫の幻覚を見たから、危険を察知して眠りました!」
しばらく、その場が沈黙した。
いや、実際は苦笑らしきものが聞こえるんだが。間違った事は言ってない。これでいいはずだ。
その証拠に、制限時間は5秒前で止まったことが頭の痛みで察知できる。「……まあ、三角」
「え?」
鈍い音とともに、頭の上に何かが落ちてきた気がした。
いや、実際落ちてきた。……拳が。何気なく、強烈な痛みが頭に響き続ける。
「次はこうならないように」
「了解しました」
そう言って、我が学校の大仏は、教室の扉からすたすたと歩いていった。
しばらくその出来事に皆唖然としていただけだが、
やっと授業をしていた先生が口を開いた。「さて、授業を続けるが……安藤」
「はい?」
何故か、こっちに話しかけてくる先生。
何の用なのかは分からない。だが、嫌な予感しかしなかった。
それでも、次の言葉を待つ。「今日の授業はこれで最後だし、家に帰っていいぞ」
その言葉が、俺にとって『お大事に』としか聞こえなかったのが、痛いところだった。