自転車を引きながら、歩き続ける俺。
 しばらく歩き続けて、ため息を思いっきり吐いた。

「ふっ……しっかりと最後まで学校に残ってやったぜ」

 誰に向けてでもなく、ただ自分に、良くやったという意味で呟く。
 なぜかといえば、それは言葉の通りだ。
 結局俺は、最後まで授業を受けきって、下校に至った。

 俺は、自転車を引きながら歩いていく。
 そして、しばらく歩き続けていくと、例の場所をもう一度見ることとなる。
 それは今朝、俺が彼女に出会った場所だ。

 そこで、俺は自転車を引く足を止めた。

「結局、アレも現実かどうかも怪しいんだよな」

 誰に対して言うわけでも無く、答えを待つわけでも無く。
 その場でポツリと呟いた。

 大体、今になって考えれば、おかしいことなんていくらでもある。
 まず、時間。遅刻ギリギリなのにあの子は平然としていた。
 次に、俺。何故か自転車から吹っ飛んで壁にぶつかった。
 最後に、あの子の行動……は色々と説明不可。

「ひょっとしたら、ここで思いっきりスリップでもしたのかもしれないな……」

 何となく、俺が自転車を全速力でこいでる途中、
 いきなりハンドルが揺れて転倒している場面を思い浮かべた。
 そっちの方がまだ説明がつく。

 ってかもうそっちにしてくれ、面倒だ。

「おかえりー」

 そうやって自己完結しようとしていたその時、後ろから気の抜けた声が聞こえた。
 その言葉に、ビクン、と身体が跳ねる。

『いつやって来た!?』

 この道は、一本道だ。そのため、自転車を止めて横を見ている状態なのだから、
 どちらかから人が来れば視認くらいは出来る。
 なのに、後ろにいる存在は、視界の隅に入ることも無く、俺の真後ろにいる。

「ッ!」

 急いで俺は自転車から手を離し、隙を見せないように後ろへ振り向く。
 振り向いた先には、一匹の白猫がいた。

「どうしたの? そんな慌ただしくして」

 その白猫は、俺の行動を見てキョトンとしている。
 俺も、その白猫見て、キョトンとしている。
 自転車が、そんな沈黙を打ち破るかのように、大きな音を立てて倒れた。

 それでもしばらく静かだったが、呆れた顔をして俺は言った。

「またお前か……幻覚」

「いや、だから実在するんだって」

 その白猫は例の、喋る幻覚シロだった。
 俺は、シロの非常識なツッコミを流して聞いてみた。

「お前、一体何処に行ってたんだ?」

 そう言って、俺はさっきのことを思い出す。
 それは、我が校の大仏に殴られた後のことだった。

 あの後俺は、自分の机の周りを見回したら誰も居ない事に気付いた。
 で、やっぱり幻覚だったんだな、と再確認したのだが。

「ん? 何処って散歩だよ?」

 今、シロの言葉一つ一つを聞くたびに、少しずつ不安になってきたりもする。
 こんなに自我を持った幻覚なんて存在するんだろうか?

「……はあ」

「どうしたの? ため息なんてついて」

「いや、俺もそろそろ電波に犯されてきたのかな、と……」

 そこまで呟いて、俺は喋るのを忘れた。
 今の状況を思い出したからだ。

「今度は、急に静かになったけどどうしたの?」

 よくよく考えれば、簡単なことだった。
 俺は、道の真ん中で見えない何かと話あってるのだ。
 そんなところを見られたら、俺はもうお終いだ。

 幸い、今までは誰にも確認されていない。
 だったら、今のうちに逃げておくのが吉だ。

「よし、急いで家に帰るぞ」

「いきなり?」

 シロが突っ込む。
 だが、そのとき俺はもう、自転車に跨っていた。
 そのままペダルを踏む足に力を入れる。

 そうして、一気に急発進していこうとして……

「待ちなさい」

 動きが止まった。

 物理的な意味ではなく、精神的な意味で。
 俺は急いで、その場から飛びのいた。
 これで、自転車がもう一度転倒した。

「だ、誰だ!? ……あ」

 振り向いて問いかける。そうして、もう一度動きが止まった。
 それは、振り向いた先にいる人物が、見知った相手だったから。

「あ、あ、あれ、おま、お前……」

「焦りすぎ、しっかり喋りなさい」

 その無愛想な態度、長い黒髪、普段から冷静さをうかがわせる目つき。
 完全に、朝のあの子そのものだった。

 もちろん、今の俺にあるのは再会の嬉しさじゃない。
 本当にいたのか、って言うショックのみだ。

「な、ななな、何でこんなところに?」

 呂律が回らない、誰か助けてくれ。

「まあ、居たから居た。それだけだけど?」

 意味不明な返答をする彼女。
 だが、今の俺にそれを気付いて何か言うほどの勢いは無い。
 今はただ、焦り続ける他、何も出来なかった。

「えっと、何処まで聞いた?」

「最初から」

 何と言うか予想通り、と言わんばかりに彼女は衝撃の事実を告白していた。

「……え、いや、本当に最初から?」

「最初から」

 しばらく考える。
 考えて、両膝を突いた。

「は……ははは……」

 そして、次には笑いがこみ上げていた。

 もちろん、嬉しさからじゃない。
 どうしようも無いと言うことに気付かされたからだ。

「ははは、はは……っく、うう、っく」

 最後に、涙が流れてきていた。

 だが、流れてすぐに、涙は止められる事となった。
 背後から襲い来る衝撃によって。

「んなっ!?」

 俺は、腹部から引っ張られるかのように、前へと倒れた。
 咄嗟のこと、そして、勢いが強かったことによって受身は取れなかった。

「落ち着きなさい。ちゃんとシロも見えてるから」

 いつの間にか後ろにいた彼女は、自分自身を見習え、とでも言うかのように、
 落ち着き払った声で俺に、第二の衝撃的な発言をしていた。


 

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 Alphabet・Fight