「と言う訳で、話を始めましょうか」

 俺がやっとの思いで起き上がると、彼女はもう話を始めようとしている。
 完全にさっきのこと無かったことにしようとしてるな……。

「先生、首がやたら痛いです」

 なので、無駄な妨害に出てみる。
 彼女は馬鹿を目の当たりにするような目で、冷たく言い放つ。

「ほっときなさい。更に時間を潰すつもりなの?」

 ……ノリ悪いな。
 率直にそう思う。思っただけで口にはしなかったが。
 仕方ないので首を振ると、彼女は続きを話し始める。

「じゃあ、今朝の話からしましょうか」

 今朝、って言うと例の空中浮遊の話か。

「まず、Accurateの意味は?」

 いきなり、英語の授業が始まる。

「また随分唐突に横文字を」

「口を挟まない、ただ貴方は答えればいいの」

 突っ込みを見事に封じられる。
 仕方なく考えてみたが、答えは出ない。

 ……ってか、そんなマイナーな単語が分かるヤツはいるのか?

「はい、その通り。『正確』と言う意味よ」

 時間切れだったのか、向こうが勝手に答えを言う。
 考えるだけ意味が無かったらしい。
 非難の目で彼女を見る。

「時間が無いの、そのくらい理解しなさい」

 それを、たった一言で切って落とされた。
 よっぽど急いでいるらしい。そんな様子は無いのだが。

「で、それがどうしたんだ?」

 そうとしか言えない。

「今朝、貴方にはAccurateと言う名の武器を託しました、って言ったら信じる?」

 今朝を思い出す。
 そう言えば、今朝も『Accurate』と叫んでた気がするな。

 って落ち着けよ俺。 

「ああ、電波女だ、って思うな」

 落ち着いて選んだ言葉がそれだった。
 それを言った瞬間、目の前で彼女が黒い笑顔を作る。

「……別に、死にたいならそれでもいいわ。今殺して」

「もちろん冗談。聞き流してくれ」

 仕方なく屈服する。
 いつか砂糖と塩を間違えて渡してやろうか。
 もの凄い苦しみそうだな……。

「いや、それやったら本当に死ぬよ?」

「じわじわと苦しめて殺すわよ?」

「何二人揃って人の心を読んでるんだ。」

 そこまで俺は分かりやすいのか。
 大体人の顔を見ただけでそこまで分かるとか何だよ。

「……読心術じゃない?」

 シロが、俺に対して聞き返してきた。
 ってか、別に聞いてないんだから聞き返してくるんじゃありません。
 シロに言うと、まあ読まれないようにねー、と反省の態度は見られなかった。

「じゃあ、続きを話していいかしら?」

 律儀に俺たちが話し終わるのを待っていたらしい。
 話が終わっての一言はそれだった。
 頷いて先を促す。

 すると、しばらく目を背けて何かを考え始めた。
 言うべきか言わぬべきか、そんな感じで。

「……あ、一応話は聞くから、話してみれば?」

 このままだと進まない気がして、急かす。
 すると、その合図を待っていたかのように喋り始める。

「簡単に言えば、これから貴方を含め数十人に、殺し合いを行い、勝者を決める。
そう言う大会のようなものを行うの」

 さすがに、空いた口が塞がらなかった。

 いや、一応覚悟はしてたんだ。
 覚悟が足りなかったと言われればそれまでだったんだろうが。

「まさか、Bから始まってRで始まる例の」

「略称で聞いてこられても困るけど、まあそれでほとんど合ってるわ。孤島で殺し合いは流石にないけど」

 ついていくだけで限界だよ。
 いや、何とかついていくんだ、俺。

「じゃあ、何処でやるんだよ」

「街中だろうが、めぐり合えば即、に決まってるでしょ?」

 ようやく持ち直した口が、また開きっぱなしになる。
 まったく意味が分からない。大体、そんな事やったらとんでもない事になる。
 非難報道の嵐だ。

「とは言ったものの、戦うのは現実の世界じゃない……って言っても分からないか」

「ああ、まったく分からないな」

「まあ、そこら辺は実戦で学んでもらいましょう、次に武器の話」

 よっぽど手早く終わらせたかったのか、すぐに終わらせてしまった。
 いや、凄い気になるんだけど仕方ないので、話に合わせる。

「Accurateとかって言うヤツか?」

 出来のいい生徒に満足する教師みたいに頷く。

「今からそれの使用方法を説明するわ」

「はいはい」

 聞くと言ったし仕方ないか、と思い頷く。
 だが、話は中々始まらない。
 その上、彼女は呆れた顔で俺を見ている。 

「……何だよ」

 不審に思って聞くと、ため息と共に不満をぶつけてきた。

「本気で信じてないみたいね。突飛過ぎる話だからって、他の人はもっと柔軟性を見せたわ」

「目に見えない武器を渡された、戦闘に出てください、で誰が信じるんだよ?」

 コチラとしては不満だらけだ。
 なのに、何でそっちが不満なんだ。
 これだけは言いたかった。

「それを信用させるためにシロを作ったんだけどね」

「あんなのは、幻覚だ」

「って、言い切られた!?」

 シロが何気なくショックを受けている。特に気にしない。
 目の前の相手は、もう一度ため息をつく。
 仕方ない、と語っているような気がする。 

「まあ、仕方ない。なら、これで信じさせましょう。……――――」

「ん、今何て言……」

 最後が聞き取れず、耳を近づけると。

「んなッ!?」

 目の前に刃物が突き刺さっていた。
 見た目からして包丁は、アホ面をした俺をただ映している。
 包丁の向こうの彼女は、俺のリアクションが面白かったのか、晴れやかな顔をしていた。 

「はい、信じた? 何なら、もう一本出しても」

「分かった、信じたからこれ以上危険物を出すな」

 すぐに、言葉を遮った。
 大体この包丁も何処に仕舞えばいいか分からないし。 

「……残念」

 どうやら彼女には、悪気というものが無いらしい。

「取り合えず続きを話してくれ」

「はあ、仕方ない。……と、その前に、――――」

 またぼそぼそと彼女が呟く。
 すると、俺の右肩ギリギリを包丁が通過し、足元に突き刺さった。

「何故にッ!?」

 取り合えず、これだけしか言えない。
 いや、本当に俺が一体何をしたんだよ。

「いつから貴方は私と同等の立場になったのかしら」

 ……何をいまさら。

「ついさっきか、いや、気のせいでした」

 さっきから、と言おうとして、包丁が今度は左肩ギリギリを通過したのでやめる。
 そして、すぐに敬語に正した。

 よろしい、とだけ言って次の話に移ろうとしている彼女に、殺意を覚えたのは言うまでもない。


 

 第五話

 第七話

 Alphabet・Fight