「―――――っ!」

 ぐっ、とけ伸びをする。
 そしてはあ、と息を吐いて全身の力を抜く。
 その状態でしばらくボーっとしていたが、覚悟を決めて布団から這い出た。

「ああ、おはよ」

 窓際で太陽を直視していたシロが、こちらを振り向く。
 どうやら光もシロと言う存在を無視するらしい。
 無駄に神々しい感じに光っていたシロが居て、
 俺はシロを貫通してきた太陽の光に軽い目潰しを喰らう。

「……お前、どうやったら」

 ため息をついて、紺色の鞄を持つ。
 そして部屋から出て、扉を閉めると。
 扉を閉めた後を狙っていたかのごとく、シロがドアをすり抜けてきた。

「……」

「だから、僕は幻覚じゃないんだって」

 コイツは何で出来ているんだろうか。
 そんな興味から見ていると、シロは勘違いしたらしく反論してきた。

 正直、俺はもうシロの存在は認めている。
 もちろん、昨日のせいだ。

「あれ、何処行くの?」

「台所」

 眠い体を引きずって、何とか移動する。
 そして、何とかたどり着くと、台所の手前にあるテーブルに鞄を置いて、
 自分の身体は半ばイスに投げ出す。
 途端、眠気が急激に襲ってきた。

「んー? また寝るつもりー?」

 別にそんなつもりじゃない。

 立ち上がって眠気を無理矢理引き剥がし、洗面所へと向かう。
 たどり着いた後は、顔を洗って歯を磨く。

「何で朝に歯、磨くの?」

「どうでもいいだろ」

 そして、台所に戻ってきた。
 さて、今日は目玉焼きで済ましちゃうか。

「へー、親いないんだね」

 無視してフライパンを熱する。
 そして卵を割りいれる。

「共働き?」

「ああ」

 そして、卵の白身が色づいてきた事を確認すると、
 軽く水を入れて蓋を閉める。

「面倒な作り方するね」

「いいじゃないか、面倒だろうがなんだろうが」

 皿と塩を用意して、火を止めた。
 会話の内に完成するなんてさすがだな、目玉焼き……!

「ん、醤油じゃないの?」

「気分次第」

 その後はパンを焼いて食べることにした。
 もちろん食事中もシロの妨害があったりして、
 苦労したのは言うまでもない。

 

「さて、行ってきます」

 鞄を掴んで、つま先を蹴る。

「誰に向かって行ってるの?」

「癖だ」

 会話から推測するに、コイツは憑いてくるつもりっぽい。
 試しにシロを振り切るように急いでドアを閉めて、閉めた。
 すると、起床時と同じようにまた白猫がドアをすり抜けてきた。

「……勘弁してくれ」

「大丈夫、迷惑はかけないよ」

 ついてくること自体迷惑だと言うことに気付かないのか。
 仕方なく、ため息をつきながらも逆の突き当たりにあるエレベーターへと向かう。
 幸い、エレベーターは俺が居る三階で止まっていたので、
 そのまま乗り込んで一階へのボタンを押した。

「へー、マンションにエレベーターが普通にあるんだ」

 お前は静かに出来ないのか。
 思わず突っ込みたくなった。
 このままだと学校で大変なことになりそうな気がする。

「うぎゃー、顔を崩さないでー」

 取り合えず、肩に乗ったシロの顔を何度もビンタするかのごとく扇いだ。
 シロの顔がその影響でグニャリと崩れる。

 ……あ、これ楽しいな。
 とか思ってたら、いつの間にか一階に到着していた。

「ふ、命拾いしたな」

「いや、すり抜けちゃうから実際の影響はないんだけど」

 駐輪場に向かいながら話す。
 もちろん、周りに誰も居ない事を確認して、だ。

 駐輪場にたどり着くと、自分の自転車のカゴに鞄を突っ込む。
 そして、そのままマンションの入り口へと引いていった。
 シロというオプション付きで。

「よし、出発!」

「何で仕切ってるんだ」

 前カゴに居られると色々邪魔なので、堂々と座っているシロの頭をなぎ払う。
 もちろん、実際に影響はなかったが、シロがノリでうぎゃあ、と喚いてから、
 後ろの荷台に飛び移った。

 それを見届けてから、俺も自転車に乗り込む。
 そして一言、出発とだけ呟いて、いつも通りに自転車をこぎ始めた。

 

 しばらくこいでいると、例の住宅地付近にやって来た。
 さすがに今日は、誰も居ない。俺と同じように登校中の生徒が居るだけだ。
 ただ、名前は知らない下級生な訳なんだが。

「ケイって自転車こぐの早くない?」

 その下級生を抜かすと、シロがポツリと呟いた。

「いや、どうしてもせっかちな性格だからな」

 そのまま学校付近まで走っていく。
 結局、騒がしいと思われていたシロも、話したのはこれだけ。
 後は一人で勝手に騒いでいた。

 意外と律儀な性格なのかもしれない。

「おーす、啓太」

 後ろから接近してくる自転車に話しかけられた。
 いや、自転車じゃなくて人なんだけど、ってここまで説明する必要もないか。

「お前か、洋一」

「随分と、お久しぶりなこったね」

 松崎洋一、と言う名の同級生と言うか知人と言うか悪友なんて呼ばれる男が、
 何に凝ってるのか分からんが、いつもと違う口調で話しかけてきた。

「いきなりどうした」

「いや、せっかく昨日メールしてやったと言うのに、遅刻しなかったのが残念で残念で」

「元からそれが目的か!」

 頭をはたいた。
 コイツは、昨日の遅刻のとき、その昨夜にメールをしていた張本人である。
 何か無駄に引っ張ってくると思ったら、そう言うことだったのか。

「あはは、で、昨日は何で返してこなかったんだよ」

「見てねえよバカヤロー」

 昨日は、色々考え続けていたせいで携帯のメールを確認しようとも思わなかった。
 逆にそれで、命を救われると思ってはいなかったが。

「ってか、そう言うことならお前のメール全部拒否でいいんだな?」

「うわ、きたねー。まあ、そうしたら他のヤツを巻き添えにするし」

 是非そうしてくれ。
 そう言ったら、シロが何気なく『悪党だね』、とか呟いているのを聞いた。 


 

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