「そんな訳で、学校に着きましぐへっ」

 俺の肩で、いらないモノローグを語っているシロを薙いだ。

「ん、どうした?」

「虫が居ただけだ」

 俺の手の動きは、至って自然だったらしい。
 洋一はそれだけで納得してくれた。

「うわー、僕に対しての謝罪は?」

 何故しなければならんのだ。
 大体、今したとしたら洋一が反応するじゃないか。
 俺をそんなに変人扱いさせたいのか。

 そんな意思を込めて、シロを睨む。
 すると、俺の意思を汲み取ったらしく、渋々口を閉じた。

「ったく、タチが悪い……」

 洋一にもシロにも聞こえないように、一人で呟いた。

 コイツが視認できないのは、色々な意味で都合が悪い。
 俺がシロに話しかければ、それだけで変人にされてしまうのだから。
 何かこう、シロと言う存在は実在すると、周りに教えられればいいんだけど……。

「オイ、啓太」

 ふと、呼ばれる。
 何事かと洋一の方を振り返ると、いきなり絵画がずり落ちたかのように、
 目の前の景色がずれた。

 ……ああ、要するに。

「もうちょっと早く言ってれば良かったか?」

「いや、別にいい」

 俺は学校の石畳の上で片膝を着いていた。
 いや、段差に気付かず躓いただけなんだけど。

 自分自身で一部始終を思い浮かべて、虚しさと悔しさがこみ上げてきた。
 こんな事なら、考え事なんてしなければと思った。

「お前はいつまでボーっとしてるんだ」

「はっ、俺はまた考え事をしてたのか!?」

 自分自身に苦笑したくなったのは言うまでも無い。
 ついでに言うと、洋一やシロは、普通に苦笑してた。

 

「さて、教室についたけどどうするの?」

「どうもしねーよ」

 教室の中は、いつも通りの喧騒に包まれている。
 何となく、このクラスに受験生の自覚はあるのかが、凄い気になった。

「まあ、まだ一学期だからだろ」

「そんなところで気を利かさなくてもいい」

 何気なく俺の思考を読んで、返答してきた洋一に突っ込みを入れる。
 洋一は、反省する様子も無く、笑いながら先に教室内へと踏み込んでいった。

「何となくシロに似てるよ」

「まあ、僕はあんな騒がしくないけどね」

 お前は別に意味で騒がしいじゃないか。
 そう思いながら自分の机に向かっていく。
 その後、自分の机にたどり着くとすぐに。

「よーし、起こしてやるか」

 鞄を机の上へ放り投げてから、俺の目の前の席に突っ伏している知人に目を向けた。

 さて、今日はどんな感じで起こそうか。

「目が邪悪だね、ケイ」

「知らん、コイツは思いっきりやらないと起きないだけだ」

 そう言って、構えた。その瞬間、空気が凍る。
 しばらくそのままだったが、一呼吸して

「起きろッ!」

 思いっきり頭をはたいた。
 この一撃は、まさに完璧と言う言葉がふさわしい。
 そう思える一撃だった。

 机に突っ伏していたそいつも、それに答えるかのごとく起き上がる。

「うはあ、今日は一段と強力なんだけど」

 そして、頭を押さえながら苦情を一言漏らした。

「寝ている方が悪いんだろうが」

「あはは、まあそれは仕方ないじゃん、春だし」

「もう五月だ。来月は夏になるぞ」

 そう言って席に着く。
 時計はもうすぐ朝の自由な時間が終わることを告げようとしている。
 目の前に居る友人、斉藤春流(さいとう はる)は振り返って俺に話しかけてきた。

「結局春ってことには変わりないよ」

「まあ、そうだろうけど」

 色々とモヤモヤした気持ちになるが、伝えられない。
 そこで、予鈴が鳴った。

 

「さて、質問はあるか?」

 午前中の授業が一通り終わっての昼休み。
 誰にも気付かれないようすぐさまトイレに入る。
 そして、我慢の限界であろうシロに話しかけてみた。

「ん? 特に質問は無いけど」

 正直予想外だ。

「洋一とか春流のことは?」

「別に、ケイが気を使ってくれたのか分からないけど、
大体の事は知れたからね」

 そう言って、肩から何処かに飛び移った。
 重さが感じ取れないせいで何処に居るか見つからずに視線を四方八方に向ける。
 でも、見つかる事は無かった。

「ケイは、僕に対しての質問は無いの?」

 だから、頭から声が聞こえてきたときは驚いた。
 何でそんなところに居るんだ、お前は。

「ん? 暇つぶしだけど」

「ったく……」

 頭の上に目線を向けると、確かに白い物体が目に入る。
 不気味だな、とか思う。

「じゃあ、お前について聞くか」

 避けてきたわけでもないが、今まで知る事が出来なかったことについて。
 やっと聞くことが出来る。

「ん、別にいいよ?」

「お前は、あの……彼女に、作られたのか?」

 どう聞けば分からなかったので、単刀直入に聞いた。

「うん、そうだよ」

 今更ながら、シロのこの性格には驚かされる。
 シロは、特に気にする風もなく、それが普通かのように一言で答えた。

「どうしたの? そんな変な顔して」

「いや、別に」

 流石に、お前のその性格に驚いたからだ、とは言わなかった。

「じゃあ、他には?」

「そうだな……お前の役目は?」

 シロの顔は見えない。
 でも、笑っているのは分かった気がした。

「今、ちょうど役目を果たしているところだね」

「あー?」

「説明役だよ」


 

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