仁は呆然とする。この男は何を言ってるのか。まったく分からない。

だからただ、呆然とするしか無かった。

「10年前、私は孤児院で一人の少年に出会いました。」

男はそんな彼を無視して続ける。仁が聞いているのか聞いていないのかは、

本人にとって関係の無いような感じだった。

「彼の名は上坂修羅(こうさかしゅら)。彼の目はどこかとてつもない物を感じさせました。」

彼は自分の昔のことを話していた。その遠いところに向けられた、

空虚な目がそれを現している。

「だからこそ、私は惹かれ、そして育てた。そして立派に育ってくれましたよ。」

ふと、自分が変装のために使っていた制服のボタンを外す。

 

「立派な……犯罪者にね。」

 

制服のボタンを外すと、制服の中から何かが見えた。それは、大きな傷。

右胸に何か突き刺さった痕が、くっきりと残っていた。

見た目からして、その傷は重傷だったことを表している。

それを見て、仁はまた、呆然した。

 

「……この物語のストーリーは、」

 

男が制服を投げる。仁はそれを目で追ってしまう。そしてその視線を男に戻すと、

男はいつの間にかスーツ姿になっていた。

 

「犯罪者上坂修羅を、君達が追い詰める。」

「私はサポート役。」

「実際捕まえられるかどうかは君達にかかっています。」

「賽は、投げられました、―――それでは。」

 

言葉は聞こえていた。だが仁は、何も反応できなかった。そう、それは多分、あの傷を見た所為だろう。

未だに彼の頭のなかでは数々の情報を処理できずにいた。そして、彼が意識を取り戻した時。


男はいつの間にか姿を消していた。

ふと、仁はさっきの言葉を思い出す。そして、頭を抱えた。

「……何なんだよ、一体あの男は。」

だが、そこで仁は男が最初に言っていた言葉を思い出した。

――「彼」の、保護者か……。

校舎内へ戻るため、扉を開けようとする。するとそこに一つの紙がセロテープで貼ってあった。

その紙には、『彼が自分で口に出すまでは言わないようにお願いします。』とだけ、達筆で書いてある。

章はその紙を剥がすと、ぐしゃりと握りつぶしてポケットに突っ込んだ。

「お前の思惑通りに動くと思ったら大違いだぜ?」

そして、ボソリと、独り言を呟くかのように、仁は喋ると、扉を開けた。

その顔は挑発を現している顔だった。

 

――上手く……言ったといえるのでしょうかね……。

先ほどの男は、黒塗りの車に乗っていた。その車は運転手が運転している事から、

よほどの裕福と想像できる。

「まあ、後は彼が何とかしてくれるでしょう。」

またしばらく静かになる車内。男は、懐から携帯電話を取り出すと、

電話を掛け始めた。そして、その電話はいつまでも取られる事は無く、留守電に変わった。

だが、それを分かっていたかのように男は喋る。

しかしその喋り方には先ほどのような丁寧な口調では無く、厳しい、喋り方だった。

「修羅、開幕だ。お前と、私の知恵比べ。」

そう、男が掛けていたのは上坂修羅の電話だった。男はただ言葉を続ける。

「絶対にお前に勝って、『あの日』の真実を聞かせてもらうぞ。」

言葉は言い終えると、しばらくの間何もせずにただ受話器を耳に押し当てていた。

心残りがあるような、そんな印象を受ける。しかし、結局は何も言わずに携帯電話のボタンを押したのだった。

男は携帯電話を懐に戻すと、片手で頭を抱えて、思慮にふける。

そして、しばらくすると顔を上げてこう言った。

 

「…ああ、そうか。私は恐れているのか。」

 

先ほどから男にとある感覚が、のしかかっていた。

そしてそれが、今やっと何だったのか、結論に至った。

「ふ……今更何を言ってるんだろうな、私は。」

今度は自分に向かって静かに嘲笑を向ける。だが、すぐに顔を戻してもう一つ呟く。

「もう自分で決めた事じゃないか。何故恐れるんだ。」

そう言うと、男はまた自分に向かって嘲笑を向けたのだった。

 

だが、男は気付いていない。

その恐怖感を拭い切れてない事に。

平静を取り戻していない事に。

しかし、男はそれに気付くのは、かなり先のことになるだろう。

何故なら、上坂修羅自身に出会うまで気付く事は出来ないから。

そしてその時、彼自身はどうなるのか、彼自身にも分からない。

だが物語はそのまま止まる事無く続いていく。

 

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