「何でお前は、上坂修羅を追うんだ?」
仁がそう言うと、いきなり沈黙が流れる。だが、その沈黙もすぐに終わった。
『彼』が喋り始めたのだ。
「俺は……あの人に借りがある。」
仁はただ下を見ながら、彼の言葉を延々と聞いていた。その反応を見ると、彼は、
「それだけだ。」
と言って、寄りかかっていたフェンスから身を離し、校舎へと繋がる扉の方へ歩き出した。
そして、扉を開けると、そのまま仁を見ることなく帰っていった。
その間仁は、フェンスに寄りかかりながらその光景をただ見ているだけだった。
そして彼が居なくなった事を確認し、呟いた。
「その言い方だと、何かあるようにしか聞こえないっての。」
仁は空を見上げる。そして、また考え始めようとしたとき、チャイムが鳴った。
しかし、まだ仁は動かない。が、しばらくして何かを思い出して忌々しげに呟いた。
「……そういえばこの後すぐ授業か。」
すぐに教室へと駆けていく。しかし、もちろん授業に間に合わなかったのは、
勿論のこと、さらに、教室に入った瞬間、クラスでの注目の人となったのは言うまでも無い。
苦笑いをして席に座る仁は、普通に授業に間に合っていた彼を見て、複雑な気分になった。
翌日の昼休み、また二人は屋上にいた。だが、今回はさらにもう一人いた。
その名は佐藤。そう、以前屋上で仁と一騒動あった佐藤だ。佐藤は二人についてきたのだ。
「何の用だ?」
しばらく佐藤を見て仁が聞く。あくまで自分は何も知らないと言う聞き方でだ。
そして、もちろんそれは向こうを更に怒らせた。
「お前……トイレでの事を忘れたとは言わせねえぞ?」
「は?」
仁は呆然とする。まず初めに内容が予想外だった事、第二に身に覚えが無いからだ。
「何知らないフリしてんだお前。あのときのこと、こっちははっきり覚えてるんだぜ?」
「い、いやちょっと待て!どう言う事だ!?」
「しらばっくれるな!トイレでいきなり後ろから不意打ちしてきただろうが!こっちは声も聞いてんだ!
屋上で正々堂々やりあおうって話にお前は納得したよな!?オイ!」
仁は、一昨日のことを思い出す。あの時の佐藤は、『彼』の保護者である男だった。
ならば佐藤は何処に居たのか。これも今の言葉で説明がついた。そう、トイレだ。
佐藤はトイレで不意打ちに会い、気絶していたのである。
そうすると、自分に成りすましていた人物も分かる、それに賛同するように彼も耳打ちした。
「……どう考えてもあの人しかいない。」
ため息を吐く。
「そう言えば声真似上手だったよな……。」
仁はあの時のことを思い出していた。もちろん佐藤の声で喋っていたあの男の事だ。
「何の話だ?」
ただ一人、話についていく事ができない佐藤。だが二人は何も話さない。
そして、しばらくしてこのままでは進まないと感じたのか、自分で喋り始めた。
「取りあえずだ。今日こそは、真面目にやってくれるよなあ?」
仁は、仕方なく頷いた。誤魔化そうとすれば、また別の問題が起こるのは目に見えているからだ。
だが、仁は今はやる気になれなかった。
「でも、実は俺……朝っぱらから調子悪くてさあ。
代わりにコイツと闘ってくれない?コイツ俺よりも強いよ?」仁はそう言うと、『彼』を指差す。指名された本人は、ただ呆然としている。
「コイツを倒せばいいんだな?」
「ああ。」
仁の返事に応じて佐藤は『彼』を見た。
「と、言うわけらしい。」
「…………。」
佐藤の言葉にも反応しない。それを見て佐藤は何かあったのか、と思い『彼』の顔を見て呆然とする。
するとその瞬間。『彼』は右拳を肩の高さまで上げて後ろに引いて勢いをつけると、綺麗に佐藤の右頬へと
叩き込んだ。佐藤本人は、もう気絶している。その事を確認すると、『彼』は仁のほうへ向いた。
「……流石。」
一言漏らす仁。そして、一歩飛びのいた。さっきと同じ攻撃が、自分に来たからだ。
「どうしてくれるつもりだ。」
『彼』が仁に問いかけた。
「いや、どうするも何もあれじゃあ覚えてないだろ?」
倒れている佐藤を指差す。その様子からしばらく起きない事は確かであり、
記憶を失っているのも間違いではないようだった。
「もし、万が一の時だ。わざと目立たないようにしているんだぞ?覚えていたらどうする?」
『彼』の猛攻に成す術も無く、話を聞くだけしか出来ない仁。
「これからはそう言うことを考えろ。」
そう言うと、『彼』は屋上から校舎内へと戻っていった。
「……仕方ない、俺も戻るか。」
初めは呆然としていたが、しばらくして仁はそう言うと、仕方なく扉へと向かった。と、その時いきなり扉が開く。
そこには『彼』が携帯電話を持って立っていた。そして、目の前に仁がいることを確認すると、こう言った。
「上坂修羅だ。取りあえず来い。」
場所は移って高級外車の中、そこでは仁と『彼』、そしてその『彼』の保護者の男の三人が乗っていた。
「で、いきなり連れて来られたんで、内容がまだ分からないんだけど。」
その中で仁が質問する。すると、その質問に『彼』が答えた。
「簡単に言うと殺しだ。死因は後頭部の打撲らしい。」
「花瓶か何かで殴られたのか?」
「いや、落ちたそうだ。」
「って、事は事故か…………事故?」
そこで『彼』が頷く。
「表向きには、そうなっている。でも、奴がこう言ったんだ、俺が殺したってな。」
「…………。」
黙ってしまう仁。そして、ようやく口を開ける。
「何で、自分から……。」
「初めに言ったでしょう?」
そこで、『彼』の保護者の男が口を挟む。
「上坂修羅と、私たちの、勝負だと。」
「……だからって、人をそんな簡単に殺すものなのか?」
仁が質問する。
「お前だって分かってるだろう?そんな仕事、この世界の裏を見れば幾らでもある。」
すると、今度は『彼』が答える。仁は舌打ちして、今度こそ押し黙ってしまった。